ウルトラQ〜dark fantasy〜番組レポート

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無断転写はご遠慮願います。番組レポート/しー坊主

ウルトラQ〜dark fantasy〜番組レポート 踊るガラゴン
次々と量産されていく小型玩具ロボット"ガラQ"。電池交換の必要もなく、空気 中の微細な電気を収集して無限に動く――。

「……画期的なロボットです……へぇ〜」
ネット通販の画面を見つめ感心する楠木涼に向かって、ディスプレィの中から1 体のガラQが愛想を振りまいた。
「キュ〜」
「かわいーーーー! 決めた」
その愛らしい姿に一瞬にして母性本能をわしづかみにされた涼は、迷わず商品購入ボタンをクリックした。

人間は孤独を癒すために 友達とおしゃべりをしたりペットを飼ったりしま すこれからはじまる物語は 可愛いロボットに魅せられた人たちの楽しくて ちょっと怖いお話です

「ボク、ガラQ。ヨロシク」

一般家庭に宅配されたガラQは、瞬く間に家族らの心を虜にした。
胸のボタンを押すと、それと連動してテレビに一体のガラQが登場し、ガラQ音頭を踊りだした 。
家族全員、楽しくなって、ついつい一緒に踊りだす。坊やの宿題もやってくれる。
彼はいつの間にかなくてはならない存在となっていた。

白昼。とあるオフィスの一室。

女の子に囲まれ、得意げに手品を披露してみせる一人の青年がいた。
「おい、マド!」
青年に向かって怒号を飛ばしたのは彼の上司だ。
仕事をサボって女子社員と遊んでばかりいる青年を、窓際社員になぞらえて「マド」。
痛烈な皮肉が込められたあだ名だった。
「マド」と呼ばれた青年は立ち上がり、上司を睨みつけた。
「あちきの名は坂本剛一でありんす」
上司は呆れ顔で坂本に命じた。仕事内容はガラQの取材だ。
「なんだ、ガキのオモチャか」
「馬鹿! このロボットはなぁ、一家に一台、いや、一人に一台になるって言わ れてるメガヒット商品なんだよ」

ガラQがちょこちょこと駆け寄ってくる。

「ワスレモノ、ドウゾ」
出かけ際、涼が置き忘れた携帯電話をガラQが持ってきてくれた。
あまりの愛らしさに携帯をガラQに向ける。カシャッ。携帯のカメラに記録されたガラQに、涼 はご満悦だ。
「ありがとね、ガラQ。愛してるよ」
ウィンク、そしてキスした。ガラQはデレデレだ。

街では、あちらでもこちらでもガラQが売られている。この日、涼は坂本と待ち 合わせしていた。
「で、今日は何なの?」
身なりにかまわない坂本をうざったそうに見ながら涼は訊いた。
ガラQの取材を命じられた坂本は、実は「グローバルマガジンジャパン」という大衆紙を扱う出 版社の記者だった。
今日はその彼の取材に、フリーカメラマンである涼が付き合わされた形だ。
「あいつ、30ヶ国語も話すらしいぜ」
「ガラQじゃん」
ガラQは売られているばかりでなく、そこかしこの人々が抱いて歩いていた。
幼稚園では、先生たちも園児たちもみんなでガラQ音頭を踊っていた。
その光景に坂本は目を見張る。
「いや、たまげた」
と、そのときだった。背後の空から未知の物体が突如出現した。
「円盤か?」
「隕石?」
2人は未知の物体の行方を追った。未知の物体は東京タワーの傍らに着陸したよ うだ。機動隊が出動し、駆けつけた。2人はその中にこっそり紛れ込んだ。

そこへ、一台の車が猛スピードで突入してきた。立ち入り禁止区内で停止した 車から降り立つ謎の男。その出で立ちは、顔には防毒マスク、背には酸素ボンベ という重装備である。

「あーーーーー!」
「あ……!」
その男を見て、坂本と涼は仰天した。だが、機動隊員たちは警戒を強める。
「油断するな。エイリアンかもしれないぞ」
ムナカタリーダー(?)の言葉に、一同緊張が走った。坂本があわてて訂正す る。
「エイリアンではありません! この方は帝都大学の渡来教授です」  謎の男・渡来角之進はヘルメットを上げて顔を見せ、飄々と言い放った。
「いや。僕も宇宙から見ればエイリアンですから」
東京タワー横に着陸した未知の物体――あれは宇宙からの飛来物だと渡来は言 う。彼の不肖の弟子・坂本が飛来物にアンテナを向けた。渡来はそこから採取し たデータを解析する。
「これはチルサノイドだ」
そのとき、飛来物から煙のようなものがもわもわもわ……と広がった。
「危険だ。離れたほうがいい」
渡来の勧告に一同その場から退避せざるを得なかった。見ると、なにやら噴煙 の中から現れた。涼が驚きの声を上げる。
「あ、怪獣だ!」
なんと噴煙の中から現れたのは巨大な怪獣だったのだ。機動隊の戦闘機が一斉 に攻撃を仕掛ける。怪獣はものの短時間で倒れた。
「むちゃくちゃだ。相手は何もしていない」
だが渡来の懸念をよそに、怪獣はむっくりと立ち上がっていた。
「不死身だ……」
怪獣は再び目を開けた。
「ロケット弾100発浴びせてもびくともしないよ。相手は宇宙超合金チルサノイド でできているんだ」
果たして怪獣撃退策はあるのか。
渡来は、坂本と涼を自身の研究室に招き入れ、ガラモンの映像を見せた。今回 現れた怪獣は、ガラモンのイトコ、つまり進化形といってもいい。
「すると、兄貴分のこいつもチルサノイド?」
坂本の問いに渡来がうなずく。画面を切り替えると、硬質の物体が映し出され た。
「これが電子頭脳ですか」
「そうだ」
ガラモンは不死身だった。彼はこの電子頭脳から発信される電波で動いていた 。
「すると、今度のやつも?」
「うん。別々に存在すると考えたほうがいい」
画面がガラモンに戻ると、涼が首をひねりながらつぶやいた。
「なーんか似てるな……。このロボットの電子頭脳はひとつだけですか?」
「過去の記録ではひとつだけだ」
それでもまだ涼は、解せない表情のままガラモンを見つめている。やはり似て いる。どうしても似ているのだ、ガラQに――。
「これがあたしのガラQです」
涼は出掛けに携帯で撮ったガラQの写真を渡来に見せた。
「これがガラQ? 似てるな。困った」
渡来も訝しんだ。街中で爆発的に売れているガラQ。もし彼らが今回出現した怪 獣の電子頭脳であるとしたら、無数の電子頭脳が存在することになる。
「これは悪夢だ……」
渡来も頭を悩ませた。

なぜか怪獣は目を閉じたまま、タワーの横でじっと動かないままでいた。強力 な電磁波が、この一帯に蔓延している。坂本がたまりかねて叫んだ。
「おーい! 兄貴分のロボットは破壊活動したぞ。それなのにおまえはそこに突 っ立ったまま何もしない。地球にやってきた目的はなんだ?」
すると、怪獣はうっすらと目を開いた。
一方、涼は自宅に戻り、ガラQを問い詰めた。
「どうなの? 正直に言いなさい。関係あるの? ないの?」
はじめは答えを渋っていたガラQではあったが、やがて観念したかのように重い 口を開いた。
「ガラゴン……」
例の怪獣が"ガラゴン"という名で、ガラQの仲間であることを確信し、涼は愕然 とした。だが、落ち込んでいる暇はない。至急、渡来にこのことを報せなければ 。
「もしもし、先生?」
「ガラQトアソボー」
「やだ、先生、ふざけないでください」
だが、教授がふざけているわけではなかった。ピーピーピー……。ノイズに阻 まれる。明らかに携帯がおかしいのだ。涼は急ぎ、渡来の研究室へ向かった。

「携帯が電波ジャックされています。ガラゴンに」
どうやら甘く見ていたようだ。ガラQという電子頭脳を何百万個に分散すること で、本体であるガラゴンは益々不死身になる。しかも、電子頭脳は各家庭に紛れ 込んでいる。そう簡単には処分できないだろう。

「前のロボット(ガラモン)は電子頭脳に電磁波遮蔽幕をかければよかったんだ が。宇宙人もそこを計算して進化形を作ったに違いない」  渡来は頭を抱えた。周到に準備された侵略計画だった。

ガラゴンの放射する強力な電磁波が上空にオーロラを作り出し通信機能を麻痺させた
テレビで女性アナウンサーが、ガラQと関わるのをやめるよう呼びかけるが、ガ ラゴンによって電波ジャックされたテレビは『ガラQ音頭』を映し出すばかり。街 頭の大型スクリーンでもガラQが踊りまくっている。

ガラゴンが撒き起こす電磁波荒らしのためコンピューターシステムが機能しなくなった
コンピューターシステムを搭載した飛行機や車もエンジン系統にトラブルが生じて動かなくなってしまった
一方 支配的なコンピューターシステムから解放された人たちは束の間の安らぎを楽しんでいた
ガラゴンは相変わらず、タワーの横で微動だにしない。
「情報を制するものは、世界を制する。それがガラゴンの戦略だったんだ」
一個一個潰すしかないという渡来の提案により、政府はガラQバスターを出動させた。全国で一斉に、ガラQの回収作業が始まった。
「ガラQ、連れてっちゃやだー」
当然、手放すのを惜しむ家庭もある。その場合には、電磁波遮蔽幕を配布した 。
涼が部屋に戻るとガラQの姿がない。彼は涼に迷惑をかけまいとして、家出をし ていたのだ。
「あの子ったら」
涼はガラQを探しに飛び出した。

回収されたガラQは、電磁波遮蔽装置付の格納庫に、厳重に隔離されることとな った。だが、それで済むはずもなかった。ガラゴンが再び電磁波をばら撒き、オ ーロラを出現させたのだ。

涼が格納庫にたどり着くと、オーロラが格納庫の扉を開けた。中から無数のガ ラQが這い出てきた。

キューキューキューキューキュー……。その姿はもはや愛くるしい玩具ロボッ トなどではない。不気味な空気を漂わせ、彼らは街へと行進を始めた。

ピンポンピンポンピンポンピンポン……。
「こんな遅くにどなた?」
ガラQだ。喜んで飛び出そうとする坊やを父親が制した。
「侵略者の手先なんだぞ!」
ガラQはとうとう一般家庭にも侵略を開始したのだった。
電磁波は撒き散らされつづける。
「僕はとんだ勘違いをしていた。見たまえ」
渡来は、坂本と涼に告げた。ガラゴンから発せられる強力な電磁波が指令とな って、ガラQたちを動かしている。ネット通販のうたい文句「ガラQは空気中の微 細な電気で動く」というのは嘘だったのだ。
「じゃ、ガラゴンが電子頭脳で」
「ガラQが侵略ロボット?」
涼と坂本は震撼した。渡来の計算によると、ガラゴンの全身を覆ううろこは東 京ドームの100倍の面積に値する。
「何100万のガラQにエネルギーを送ることのできる超のつく電子頭脳だよ」

かくして、ガラゴンの電磁波を封じるために、渡来の発明した<電磁波遮蔽パ ウダーふりかけ作戦>が展開された。
電磁波遮蔽パウダーに覆われたガラゴンは、電磁波を放出できずにもがき苦し んだ。効果はあったようだ。一先ず様子を見ていると、今度はガラゴンの全身を 電気がパリパリパリ……と走った。電磁波が体内に溜まってきたのだ。いよいよ 内部崩壊がはじまる。
放出できなかった電磁波があふれ出すように、ガラゴンの体を破壊してゆく。 やがてガラゴンは跡形もなく消滅した。

「やったーーーーーー!」
「先生――――――!」
「あはははははは! 愛すべき……いや、恐ろしき侵略者だったな」
電子頭脳を失ったガラQたちは……停止した。涼のガラQもまた……。
「オカエリ」
彼女の帰りを待っていたかのように、目を閉じて停止……そして倒れた。
「ガラQ?」
涼がガラQを抱き上げると、彼は目を開けた。
「アイシテルヨ……」
そしてウィンク。直後、両目を閉じ、ガラQは完全に停止した。
「ガラQ……」
なにか、とても大切なものを失ってしまった気がする。涼は自室で一人きり、 ガラQをきゅっと抱きしめた。

近い将来 ロボットはきっと人間のよきパートナーとなることでしょう

でも ご用心たまには 宇宙から送り込まれるロボットも……

ウルトラQ〜dark fantasy〜番組レポート らくがき
「お願いします。お願いします。本当なんです。信じてください」

本来 迷惑なものであるはずのらくがきが私たちの街にあふれかえっています
あなたは それをあたりまえのように受け止めていますが
もしかしたら そのあたりまえの中にこそ
恐怖の入り口があるのかもしれません

グローバルマガジンジャパンに一人の主婦が押しかけてきた。
「お願いします。話を聞いてください。実は私、宇宙人を見たんです」
その場にいた社員一同は呆れ返り、主婦を追い返そうとした。ただ一人を除いては――。

「俺が話を聞きますよ」
主婦を招き入れたのは、編集部の記者・坂本剛一だった。

藤野加代子と名乗る その主婦はようやく安堵の表情を浮かべた。それもそのはず。
どこへ行っても、誰もが彼女の話にまともに取り合おうとはせず、変人扱いされたまま追い返され てしまうのだという。

「はじまりはらくがきでした。壁に描かれたらくがき……」
半年前に引っ越してきたという家は、長年の夢だった高級住宅街の一戸建てだ。
夫に無理を言って、やっとの思いで手に入れた。
だが実際に住んでみると、高級住宅街とは名ばかり。
不法投棄でゴミは散乱し、道端には不良たちがしゃがみ込み、我が物顔で道路を占拠している。加代子の イライラは爆発寸前だった。

中でも特に彼女を苛立たせたのは、無節操ならくがきだ。
「そこは、近所の公園なんですけど、壁のらくがきがひどくって許せませんでし た。らくがきをする人も、それを放置したままにする人たちも」
加代子は毎日、らくがき消しに一日の大半を費やすようになった。半ば意地だ った。
それでも努力の甲斐あって、公園のらくがきは徐々に減っていった。

ところが、一つだけしつこいらくがきがあった。消しても消しても、翌日には また元通りの模様が描かれてあった。

「私は犯人を突き止めてやろうと思いました」
深夜、公園に張り込んだ。腕時計は午前0時を指している。と、そのとき、突如 コンテナのほうから強烈な発光があった。
眩しさに目を細め、そちらを見ると、光る人影が目に入った。
スケルトンメタリックなボディをした人間――否、あれは宇宙人だ――が2体いる。
そのうちの1体が加代子に気づいた。咄嗟に木の陰に 隠れた。
しばらくしてそっとのぞくと、宇宙人たちは消えていて、代わりに例のらくがきが しっかりと残されていた。
辺りを窺う。
ついさっきまでそこにいた宇宙人たちはどこへ行ってしまったの か。そのとき、不気味な気配に寒気が走った。

「……!」
知らぬ間に、加代子は宇宙人に囲まれてしまっていたのだ。
恐怖のあまり、身を伏せた。だが、何事も起こらなかった。おそるおそる顔を上げると、宇宙人は いなくなっていた。

「らくがきする宇宙人ですか」

坂本は半信半疑で加代子の話を聞いていた。加代子が続ける。
「あのらくがきには、何かとてつもない秘密が隠されている気がするんです」
「秘密?」
「はい。なぜなら私、その日から命を狙われてる気がするんです」
「命?」
突拍子もない加代子の話に眉をひそめながらも、坂本は彼女の話しの続きを聞 いた。
加代子が宇宙人を見た翌日には、らくがきは消えていた。が、家に帰ると驚い た。
自宅の外壁に、宇宙人が描いていたらくがきとまったく同じ模様が大きく描 かれていたのだ。まるで何かを警告しているかのように。
加代子は恐ろしくなり、即座にらくがきを消した。だが、すぐにまた別な箇所 に現れ、彼女を追い詰めるようにじわじわと迫ってくるのだ。

外に出て、高台に上り、街を見下ろす。そこで彼女は再び驚愕することとなる 。

街をキャンパスに見立てように、巨大ならくがきが浮かび上がっているのだ。そ してその紋様は青白く光った。加代子は恐怖に身を震わせた。
宇宙人のらくがきは、やがて藤野家の内部にまで侵食を始めた。玄関内、リビン グの床、テーブルの裏……。

出張中の夫に電話して打ち明けても、本気にしてくれない。加代子は一人でこ の恐怖と戦っていくしかないのだと悟った。
「それでいろいろ調べていくうちに、一つわかったことがあるんです」
そう言うと加代子は坂本に、新聞の切抜きのコピーを見せた。数年前、謎の失 踪を遂げた一家の記事だった。写真には空き地が写っているのみだ。昔、失踪し たという家族が住んでいたそうだ。

「私はこれもあの宇宙人の仕業のような気がするんです」
秘密裏に彼らの計画が進んでいる。彼らの姿を目撃した人間は、口封じに消さ れてしまうのではないか。そんな恐怖に駆られている加代子は、心底追い詰めら れているようだった。

「そのらくがきって、どんな形なんですか?」
坂本に問われて、加代子は紙にすらすらと描きだした。もう何回、何十回と見 慣れてしまっているのだろう。そらでも描けるほど、彼女の日常はらくがきに汚 染されていたのかもしれない。

「ずいぶん複雑ですね」
ミステリーサークルのようならくがきの紋様を見つめ、坂本はつぶやいた。
「このらくがきから逃げられなくなったとき、私はどうなるんでしょうか。お願 いします。助けてください」
加代子は、藁にもすがる思いで坂本に訴えた。

坂本は、フリーカメラマンの楠木涼に、加代子の話を一通り聞かせた。
「宇宙人のらくがきねぇ。ねぇ、それ、ホントなの?」  涼もにわかには信じがたい様子だった。坂本は真偽を確かめるべく、検証に向 かった。

涼は街中で、加代子の言うらくがきを探して歩いた。だが、どこを探してもい っこうに見当たらない。若者に聞いても確たる証言は得られずじまいだった。

一方、坂本は藤野家を訪れていた。クローゼットの奥の壁に、またも例のらく がきを発見したという加代子に呼び出されたのだ。しかし――。

「あれ?」
そこに、らくがきはなかった。らくがきはおろか、痕跡すらなかった。
「どうして消えてるんだろう。さっきまでここにらくがきがあったんです」
加代子は躍起になってクローゼット内をくまなく調べた。だが、やはりらくが きは見つからなかった。

「本当です。本当にあったんです、ここに。あれ……? 本当よ。本当にらくが きがあったの」

加代子の言うことは真実なのか。あるいは妄想なのか。滑稽なほど必死にらく がきを探す加代子の姿に、坂本も真偽を図りかねていた。

近所の主婦連中から藤野加代子の様子を訊いてみた。
引っ越してきた当初、加代子はごく普通の主婦だった。だが、急に様子が変わ ったという。らくがきを消す姿も、近所の人々の目には異様に映っていたらしい 。

坂本は、加代子の描いたらくがきの紋様を主婦たちに見せた。だが、みな一様 に首を傾げるばかりで、そのようならくがきは見たことがないと口をそろえる。

坂本の脳裏にかすかな疑念がよぎる。

坂本は編集部に一人残り、数年前の一家失踪事件をネットで検索した。すると 、10年前の事件の写真から、驚くべき事実が見出された。当時まだあった家屋の 壁に、例のらくがきが描かれていたのだ。

ちょうどそのとき涼が来社した。
「どう? なんかわかった?」
「いや、全然」
涼の方も、収穫はさっぱりだった。涼が思うに、その紋様は加代子が頭の中で 生み出したものなのではないか。街のらくがきで悩むうちに、ありもしないらく がきが見えるようになり、果ては宇宙人まで見えるようになってしまったのでは ないか、と。

涼の話を聞きながら、坂本はテレビのニュースにふと引き付けられた。
「……アメリカから……イリノイ州にある……農場で発見され……」
報道内容とその映像に見入っていた坂本は驚愕した。
「今回発見されたミステリーサークルは過去最大級のもので、人為的なものであ るかどうかを調査……」
なんと、画面に映っているミステリーサークルと、加代子の言うらくがきが酷 似していたのだ。涼もそれに気づいた。

「ちょっと……これ、どういうこと?」
加代子の描いたメモがきと映像とを見比べてみる。おそろしいほど酷似してい る。坂本は声を震わせた。

「加代子さんが正しいのかも……」
加代子が見た宇宙人は、世界のあちこちに、その紋様を書き残しているという のか。その目的は、やはり加代子の言うとおり、何かとんでもない計画を始めよ うとしているのかもしれない。

「たとえば、地球を自分たちのテリトリーにするとか。この紋様は、その計画の ための目印か、何かの合図か……」

坂本は社を飛び出し、藤野家へと走った。涼もそれに続いた。

その晩、加代子はベッドの中で寝付けずにいた。ふと何気なく天井を見ると、 あの紋様と宇宙人が浮かび上がっている。
「きゃーーーーーーーーーー!」
 はっと飛び起きると……夢だった。全身から大量の汗が噴出している。ベッド から降り、ドレッサーの前に座ると、鏡に映った自分の顔にまたも凍りついた。

「きゃーーーーーーーーーー!」
頬にあの紋様がくっきりと浮き出ている。頬だけではない。腕にもあの紋様が あの紋様があの紋様が……。

加代子は必死の形相でそれらをかきむしった。早く、消し去りたい。一刻も早 くこの恐怖から逃れたい。声にならないうめきをあげながら、彼女は一心不乱に 紋様をかきむしった。

坂本と涼は藤野家の前までたどり着いていた。と、そのときだった。

「あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーーーーーーーー!」
家の中から加代子の絶叫が響き渡った。
「加代子さんっ!」
ほどなくして藤野家に救急車が到着した。
「彼女に何が起きたんだ」
担架に乗せられて搬送される加代子は、体中引っかき傷だらけだった。

「加代子さん、大丈夫ですか?」
「あいつらが、私の体に……」
紋様をらくがきしたというのか。だが、加代子の体に残されているのは、引っ かき傷だけで、あの紋様はどこにも見当たらなかった。

後日、加代子は搬送先の病院の屋上で、車椅子に座り、遠くを眺めていた。
「……体、大丈夫ですか?」
そんな彼女を見舞ったのは坂本だった。

「体の傷はたいしたことないそうです」
診断結果は「強迫神経症」――心の病気だという。
薬を処方してもらい、医師 に話を聞いてもらうと、嘘のように気が晴れた。おそらく一人で思いつめていた のだろう。
自分の思い描いたとおりの生活ができず、それを誰かのせいにしたか った。
それが街中にあふれるらくがきだった。らくがきに固執するあまり、自ら 宇宙人などという幻覚まで生み出し……。

そこまで加代子が話し終えたところで、坂本が口を開いた。
「でも、もしかしたら本当に……」
加代子自身は問題解決に至ったようではあるが、坂本にはまだ割り切れない何 かが残っていた。

「実は、ミステリーサークルが……」
だが、そこで言葉を止めた。
「いや……そうっすよね。宇宙人なんて……」
そしてにっこり微笑みかけた。
「これからは、いいことありますよ」
「そうですね、きっと」

加代子も、笑顔を返した。それを見て安心した坂本は、彼女に別れを告げ、背 を向けた。その背中に向かって、加代子は言う。

「あなたも……」
「え?」
 立ち止まり、振り返った坂本に加代子は告げた。
「これから、がんばってくださいね」

きっ、と力強い眼差しを向ける加代子の表情は、さっきまでの笑顔とは打って 変わって険しいものとなっていた。

「……はい」
坂本の表情も、瞬時に曇っていた。

院内の廊下に設置してあるテレビから、怪異なニュースが流された。
「先日、アメリカのイリノイ州で、過去最大のミステリーサークルが発見され、 話題を呼んでいましたが……」

このミステリーサークルを発見した農場主の行方がわからなくなっているとい うものだった。

そのニュースを見た坂本は、咄嗟に加代子の言葉を思い出した。

――あなたも、これからがんばってくださいね。

なにか不気味な胸騒ぎがこみ上げ、屋上へと駆け出した。だが、すでにそこには 加代子の姿はなく、車椅子だけが残されていた。

どうやら すでになにかが始まろうとしているようです
院内の研究室では、加代子の血液を検査中の医師たちが、驚きに目を見張って いた。
「ええっ? なんなんだ、これは?」
顕微鏡をのぞく医師たちは、一様に唸った。初めて見る血小板の形。加代子の 血小板はあの紋様をしていた――。

もっと多くの人間が 彼らの目印に気づいていたらこのような事態は避けられたのかもしれません

どうか くれぐれも 不思議ならくがきには注意してくださいもう手遅れかもしれませんが

藤野家があった場所は、いつしか空き地となっていた