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杉浦太陽主演映画『零』

『ご注意』このページの内容は、ファンが、イベントをレポートしたものです。
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予めご了承願います。
尚、情報の主たる権利につきましては、権利者の方に帰属いたします。
この情報配信につきましては、杉浦太陽さん所属事務所さまのご承諾をいただいております。
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映画『零』をご覧になりました当サイトのゲストさまから寄せられました。感想を掲載いたしております。
同映画をご覧になった方は、ぜひ、ご感想をお寄せください。


「零」見てきました。彼らは沖縄に向かって飛び立ったのですね。

映画を見る前からずっと気になっていたことがありました。
龍太郎の特攻機は見事敵艦に命中したのだろうかということです。

皆さんは特攻機が米艦船に突撃する実際の映像をご覧になったことがあるでしょうか。

これらの映像は米軍が記録映像として撮影したものです。

艦体に体当たりするためには低空で飛行しなければならず、当然のように集中砲火をあびることになります。

映像には、被弾して空中分解する機体、真っ逆さまに墜落して海面に激突して砕ける機体がいくつも映されています。

中には、撮影している米軍カメラマンの頭上を、パイロットの顔が見えるくらいすれすれにかすめて飛びながら、艦体を通り越して反対側の海に墜落してしまうものもあります。

そうして機体がひとつ砕けるたびに、命が失われているのです。

映像を見ているうちに私は「当たれ!当たれ!」と思わずにいられなくなりました。

ここまで、覚悟してしてきて、敵体にあたりもせずに砕けるなんてあまりにも無惨です。

見事に命中した機体があると、良かったとさえ思うのですが、でも本当にやりきれない思いです。

私が「当たれ!」と願い見事に命中して「良かった!」と思った、次の瞬間に写しだされたのは、火柱をあげて燃える甲板で、手当ての間もなく息をひきとろうとしている仲間のために膝まづいて祈る米兵の姿でした。

映像は特攻機を遠くから映していますが、その操縦席では、532空の隊員のような壮絶な最後の姿があったのだと思うと、どう思っていいのかわかりません。

国と国の戦争にどんな大義名分があったとしても、人にとって、戦争は悲劇以外のなにものでもないと思います。

太陽くんの映画だからというのではなく、本当に全国のたくさんの人に見てほしいと思いました。

ドルバ



家に届いた徴兵の赤紙を前に「行きたくない」と言った言葉に親父が逆上し、思いきり殴られて軒下にさげてあったすだれに鼻血がバッと飛び散ったと、兵隊に行くと決まった時のことを、のちに父は話してくれました。

“お国のため”そういう時代でした。

私の祖母の姉の息子たちは、全員戦地で死にました。兵隊服を着た若者の遺影の額がいくつも鴨居の上に並んでいました。

東北の友人のおじさんは、子どものころ家で床屋さんをしてもらった時あやまってハサミが目に刺さり、片目を失いましたが、大きくなって片目のために徴兵を免れたそうです。

何が幸か不幸かわかりません。

同じ村の男たちは戦地に行ったきり一人も帰ってこなかったので、のちにそのおじさんが村長になったのだそうです。

そういうことがそれほど昔でない時代に本当にあったのです。

「零」の井出良英監督は、昔戦争があった、龍太郎のように本当に男たちは潔く、お国のために愛する人たちのために逝った。

その事実を風化させないで残そうと「零」という映画を作ってくださったのです。

リドリアス



龍太郎は、前に前に向って突き進み自分はこの国を。

愛する人を友をすべて守って守りつくしたいと考えて、自分が可能であれば全ての砲撃を我が身に受けて散りたいと突進していきました。

もし、自分に守らねばならぬ大切な命があったなら、やはり、僕も盾にになったことでしょう。

命の重さに順番は、ないけれど、自分より大切な人を先に逝かせはしない。

それは、たとえどんな短い人生であったとしても、そんな大切なものに巡り合ったことをむしろ誇りと喜びを感じ胸を張って逝ったでしょう。

それは、仮に生きるとい選択肢がのこされていなかったとしても、自ら選択した覚悟ある死です。

この作品は、死が描かれていたのではなく生きるということに覇気を感じさせてくれたそんな作品だったと思います。

戦争は、過去の問題ではなく、年金問題もそうですが、ご主人が自殺しなければ、家のローンが払えない。

家族が守れない。

そんな時代が遠からずやってくるといわれております。

実際現在の失業率と自殺者の数は減っているわけではありません。経済戦争という戦争が続いているのです。

死ななければ愛する者や大切なものが守れないということが本来望ましいことであるとは到底思えません。

この映画は、死と引き換えにして守らねばならぬものも時にはある。という現実と、死ななければ守れないそれしか手段のない、そんな世の中になってほしくない。

そんな切なる思いが込められていたのではないのでしょうか。

レイゴ



私の兄は自衛隊員として、湾岸戦争後掃海艇に乗って、海に敷設された機雷の除去に行きました。

当時のペルシャ湾は今と違って、もっと安全であるとわかっていました。

危険性からいうと、今派兵されようとしている人のほうがずっと危険だと思います。

でも、それでも、派遣されるとわかって自衛隊を辞めていった人は多かったよ。

兄も恐くなかったかって言うと、きっと恐かったと思ます。

でも、なぜ行くのかって聞けば、「自分が行かなければ他の誰かが行くだけだから。

幸い自分は結婚していないし、母親も亡くなっているし、もし万が一のことがあっても悲しむ人は少ないよ」って言って、行きました。

どうしても人数は必要だったからね。

私は海外派兵にはもちろん反対です、でも兄の生き方は間違っていないと思っています。

ウルトラマンはいつも、誰かを守るために、死を厭わずに戦ってきたよね。

それと同じことなんじゃないかな?ただ、時代背景が戦争だったというだけで。

モグルドン



私は学生時代の7年間を九段で過ごしました。

来る日も来る日も、靖国神社を横切って通学していました。

卒業までに一度は見学しておかなくてはと思いつつも、結局見ることなくこの場所を去りました。

つまりは、真剣味に欠けていたということです。

映画の台詞に“九段”とか“靖国”とかいう単語が登場するたび思い出されるのは、残念なことに、目映いばかりの桜並木と黄金色した銀杏並木です。

当時私は、この場所がどのような意味を持つのかを、深く知ろうとはしませんでした。

この映画をご覧になったみなさん、それぞれ感じ方・受け取り方は違ったでしょうね。

これを見た全部の人が、心を同じくすることは不可能です。

みなさんの様々な思いが交錯する中、しかし私は思います。 現実から目を背けてはいけない、と。

民族の過ちに背を向けることが、一番の罪なのではないでしょうか。

きっかけはどうあれ、この映画に出逢えたことを偶然と捉えず、歴史を風化させない努力をしてゆくことが、後裔たる私たちの義務だと考えます。

これを読んでいらっしゃる方の中には、今春より、通学・通勤などで九段へ赴く方もおられるかもしれません。

そのとき、ほんの少しでもかまわないのです。

彼らのことを想ってください。忘れないことが手向けとなるのです。

そして、この映画を観られない大多数のみなさま。

ポスターの杉浦さん・高野さんの特攻服姿に、そこには写っていない現実を、想像力を駆使して感じ取ってみてください。

ポスターだけでも、彼らの表情は教えてくれるはずです。素晴らしい役者さん方なのですから。

しー坊主



私の祖父も特攻隊にいたんです。

病気になり、出撃出来ぬまま終戦をむかえたのだと、以前母が一度だけ話したことがありました。

病気とはいえ、出撃出来ずにいる祖父が手厚く扱われたとは思えず、その中で、仲間が先に次々と命を落としていく・・・・。

どんな思いだっただろうか・・・。

祖父は戦後、故郷の千葉で町医者となり、たくさんの命を救い、12年前に亡くなりました。物静かで、穏やかな人でした。

今日映画を見て、久我と祖父の姿が重なりました。

祖父は、久我のように、戦争を知らない私達に何か伝えたかっただろうか。

私は訊くべきだっただろうか。それとも・・・・。

いろんな思いが頭をめぐりました。

私も九段の地は無縁ではありませんでした。

子供の頃、いとこ達が住んでいて、靖国神社にはよく行きましたし、学生時代の2年間を過ごしました。

でもやはり、夜桜が綺麗だとか、鳩に囲まれエサを与えてはしゃいでいた思い出しかありませんでした。

映画の中で、「靖国で会おう」「九段で会える」というセリフをきく度、「ああ・・・」と思いました。

もしかしたら、祖父もあそこにいたのかもしれないのだ、そして、祖父が見送った仲間は、確実にあそこにいるのだと。

それくらいわかるはずなのに、これまで感じてこなかった・・・。

以前ドルバさんが、特攻の実際の記録映像を見て、「当たれ!当たれ!」と思ったと書き込みをされてたのを読んで、胸が締めつけられ苦しくなりました。

私も同じことを感じたんです。彼らの命が無駄になることが耐え難く、「当たれ!」と・・・。

特攻を肯定している訳でも、美化するつもりもない。

特攻を受けた側に、多くの犠牲者が出る事も、その人達にもまた家族や、愛する人がいるのだということも、頭ではわかっている。

でも、そういう理性や理屈を吹き飛ばしてしまう・・・。

それが戦争なのだと、なんと恐ろしいものなのかと・・・・。

そんな戦争の最前線で、自ら心のどこかをマヒさせて、希望や夢を削り取り、命をなげうつために今を生きる。

本望であるはずがないその死に、「生まれ育った国を、大切な人を守る為」と意義をつけ、壮絶に散ってゆく。

マヒさせたはずの心の奥底から、母や愛する人の名を叫びながら・・・・。

そんな人達が本当にいたのだと、知るのではなく、強烈に感じさせられる映画でした。

やっちゃん



龍太郎たちが生きたのは、現在の自由で平和な日本に生活して いる私たちには想像も出来ない時代でした。

軍国主義で思想も制約を受け、終戦直前には敗北を意識しなが らも狂気ともとれる作戦を遂行させる上層部。

その中で、愛する家族や大切な人たちを守るために自らの命を 懸けて戦場に散っていった龍太郎たちの生き様を決して忘れて はいけません。

死を前にした命の輝きを、生の重みを感じた映画です。

戦争を経験された方、ゲームでしかご存知ない若い方他、たく さんの皆さんに是非観て頂きたい素晴らしい作品です。

出撃を覚悟した久我少尉(高野さん)のお相手の女性の話し言葉 は自分たちが普段喋っている言葉に近いので親近感を覚えまし た。

お住まいの地域で上映される際は、是非お知り合いの方をお誘 い合わせの上、観賞して頂きたいです。

ゆーこ



段々世代がかわっていって、身近な戦争の体験者が少なくなってしまうけど、色々な形で語り継ぐ事はできますよね。

うちの祖父は、特攻隊とかではなかったんですが、戦争で普通だったら絶体絶命という様な状況から、奇跡的に助かりました。

自分達の前ではそんなそぶりはみせませんが、祖母には 「死んでいればよかった」とか「生き残って申し訳ない」などといっていたようです。

でもそこでもし死んでいたら、親も自分の存在もこの世にないんです。

もちろん自分達も生き残ってくれてありがたいし、祖父も生きていることに感謝していたと思いますが、本人には、生き残った故の苦しみがあったのも事実です。

戦争そのものがいけないんですね・・。

SADA07

画像は、太陽君演じる長谷川龍太郎が最後を共にしました。
「白菊」で実際撮影に使用されたものです。
「零」劇中使用戦闘機のプロペラ(木製固定ピッチ2翅)
『機上作業練習機「白菊」―可憐な草花の名で呼ばれた同機は、
海軍の偵察用員の練習機で最大時速二百三十キロ足らず。
大戦末期、「白菊」は特攻機に改造され、二百五十キロ爆弾二発を搭載し、
新鋭の実用機に伍して猛烈な弾幕を浴びながら敵艦めがけて体当たり攻撃を敢行するという悲劇を、
誰が想像できたであろう。』
「白菊特攻隊」永末千里【著】光人社引用
このプロペラは、実際に計測していだきまして、266センチありました。

尚、こちらのご紹介は、関係者の方からいただき、その掲載許可を受けております。

「白菊特攻隊」永末千里さんの本のお求めはこちらから

取材協力テアトル池袋さん公式ホームページはこちらから



杉浦太陽映画『零』イベント/2004.1.31/リドリアス

31日テアトル池袋にて初日を迎えました映画「零 ゼロ」を見に行ってきました。

画像は、東京・池袋にあります。テアトル池袋さまビル外観です。
主演の杉浦太陽さん他ご出演の皆さま、スタッフの皆さま、本当におめでとうございます!

画像は、零が公開されました。テアトル池袋さまの当日のロビーです。
私は初回の11時の回を観ました。舞台挨拶は映画が終ってからありました。
映画を観て、役者杉浦太陽さんの新境地を見る思いで驚きでいっぱいでした。
上映時間はおよそ2時間(123分)。時間を一気に忘れるほど、素晴らしい作品でした!

画像は、ウルトラマンコスモスファンサイト「真の勇者」で贈らせていただきましたお花です。
映画が終って舞台挨拶が始まりました。まず司会のお姉さん登場。
司会「こんにちは。本日はご来場、ご鑑賞ありがとうございました。
長らくお待たせ致しました。「零」初日舞台挨拶とさせていただきます」
そして、ご出演者が揃ってご登場!パチパチパチ!会場内からいっせいに拍手と歓声!

画像は、公開当日舞台挨拶にみなさんがお立ちになりました。ステージです。
舞台に向かって左から司会者、松田賢二さん、辺見えみりさん、杉浦太陽さん、高野八誠さん、矢部太郎さんそして井出良英監督。
主演である杉浦太陽さんはちょうど舞台の中央に立たれました。黒いシャツの上に黒いジャケット黒スラックス。
黒づくめでしたが、スラックスが多少グレーがかった黒なので、重くならずスラリとして粋でした。
髪は濃い茶。
前髪も長くヘアは柔らかくラフにウエーブがかかって素敵でしたよ(^O^)
司会「それではさっそく、主演の『口は悪いが一本気の長谷川龍太郎役』(笑)杉浦太陽さんから、お話をうかがってみたいと思います」
杉浦「こんにちは!朝早くから並んでくださったみたいで、どうもありがとう!りゅうです。
(映画の中で芸者のゆかりさん(辺見えみりさん)から「りゅうちゃん」と呼ばれてた)・・・どうだったでしょうか?」
ここで一瞬、会場内に間があった・・・やはりさっきまで皆、目を腫らしながら映画を観ていたので、きっとその余韻が・・・
杉浦「え・・・・」
会場内「よかったよ〜〜〜!!」と拍手!
太陽くん、にっこりして
「良かったぁ。コスモス以来の映画初主演です。精一杯作った作品なんで、よろしくお願いします!」
司会「では、久我松男少尉役の高野八誠さん、どうぞ」
高野「今日はありがとうございました。坊主にして気合いでやりました!そんな感じです」
司会「辺見えみりさん、素敵なお着物ですね、いかがですか?」
(辺見さん、着物姿があでやか!)
辺見さん、横に立つ太陽くんと高野さんのお顔をのぞきこみながら
辺見「こんなイイ男だったんだなと(久しぶりにお会いして)・・・」(爆)
太陽くんも高野さんも映画の中とはうって変わって今は長めの髪型。
辺見「(撮影時は)坊主だったんで(イイ男たちだったということに)今、気がついた(笑)。
一人変わってない人はいるんですけど・・・」と辺見さん、矢部太郎さんのほうを見る(矢部さんは変わらず坊主頭)・・・(笑)
司会「それでは、その大西喜平二飛曹役をなさった矢部太郎さん」
矢部「生まれて初めての舞台挨拶というので、背伸びしてラメ入りの(セーター)を着てみました」(笑)
矢部さんは、映画の中でも三枚目役で、なごませてくれましたよ。
司会「井上少尉役をなさった松田賢二さんはいかがですか」
松田「(坊主になっちゃって)ファンからしたらいやな感じだったと思います(が、)よろしくお願いします」(笑)
井出監督「大変な環境の中で撮影しました。でも良い作品に仕上がったと思います」
司会「撮影中のエピソードなどありましたら教えてください」
杉浦「ヘアスタイルですね。ボクは角刈りなんですけど、東京で切った時はまだ長かったんで地元(撮影地の上田市)でまた切ったんです(笑)。
髪は命ですね(笑)。
それと夜中のシーンが多かったんで大変でした。
矢部さんと白菊(戦闘機の名)の中で撮影した時、台風が来てすごく大変で早く死にたい(そういう場面)と思いました」(爆)
司会「高野さんは楽しかったこととか、大変だったことはありますか?」
高野さん、両脇の太陽くんと矢部さん両方からマイクを渡されて2本持って苦笑。
高野「(撮影の合間に)ゴルフやったり、お酒・温泉(笑)撮影中は楽しいことない・・・(およよ(^o^;A   大変だったことは?の質問に)常に背筋を伸ばしていたので・・・」大変だったみたい(笑)
辺見「大変だったのは、りゅうちゃんと川を渡るシーンが初日にあったんだけど、腰まで浸かっちゃって予定外(苦笑)。寒かったのに6回くらい渡って、その間太陽くん寝てたんですよ(笑)太陽くんとは焼酎の話をしたのが楽しかった」
松田「太陽くんをボコボコにしたシーンで、1回アゴにヒットしてしまって(ヤバいと思ったら)後でウラに呼び出されてボコボコにされた」(笑)・・・冗談だと思うけど(^o^;A
司会「ココは違うだろーと思ったシーンは?」
杉浦「(角刈りの)髪型かな」(笑)こだわりますね、太陽くん。
司会「(杉浦太陽さんて)いつも優しい雰囲気ですものね」
杉浦「(違うだろーというのは)これまでの役作りとの違いですね。
(りゅうは激しい性格で)自分の違う一面が出たような。
実家でも(激しいのが)出たみたいでどうしたの?と聞かれました(笑)(撮影地では)みんなゴルフ行ったけど、ボクはひとり部屋にこもってた。
遊んじゃいけないと思った」役作りに対して熱い意気込みでのぞんだんだね、太陽くん!
高野「(戦争当時の若者は)生きるか死ぬかの中で生きてたなんてすごいと思った。
あ、ボク?ゴルフのことで頭がいっぱいだった」(爆)
司会「今後のご予定は?」
杉浦「今、NHK朝ドラ(「てるてる家族」)に出演しています。(皆さん)見てくれていますか?」
会場内「はーーい!!」
杉浦「てるてるでは14歳の役でギャップがすごいんですよ(爆)(りゅうと)キャラが違う。本当のボクはどれなんだという感じです」(笑)
司会「最後に監督、一言お願いします」
井出監督「最後まで見てくださってありがとうございました。かつて、こういう事があったということを覚えていてほしいと思います」
パチパチパチ!!杉浦太陽くん、井出監督他皆さま、素晴らしい作品を本当にありがとうございました。
もう中盤から涙、涙。。。こういう秀逸な作品こそ、全国で公開してほしいと願っています。


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杉浦太陽映画『零』トークイベント/2004.2.22/リドリアス

22日は杉浦太陽さんのトークショーがあり、映画館は多くの太陽くんファンが詰めかけました。
トークショーは第1回上映後。
司会「本日はお忙しい中、ありがとうございます・・・」
そして杉浦太陽さんが登場すると、いっせいに湧き上がる歓声! 井出良英監督、企画プロデューサーの川上泰弘さんも前日の高野八誠さんのトークショーに引き続き、今回も登場されました。 杉浦「今日はありがとうございます。よろしくお願いしまーす!」
司会「館内が、ガラッと明るくなりましたね」(笑)
太陽くん黒のトレーナーにモヘア調の黒いプルオーバー。濃いグレーのチェック模様のパンツ。 ★カッコイイです!
司会「ではさっそくですが映画の苦労話、エピソードなどありましたら教えてください」
杉浦「(特攻隊という)内容だけに、役作りが難かったです。
役作りのため、ひどく孤独になりました。
本と向き合ったり、本物の特攻隊の、映画と同じ軍服を着た若い隊員の写真を見てました。
で、胸にジーンと来て、生半可な気持ちではいけないと思いました。軍刀をいつも持っていたんですよ。
気に入ってしまって、ずっと持っていました」
司会「気づいてました」(笑)
井出監督「太陽くんは部屋を出ませんでした。(撮影の)2〜3日前まで出てこなかった」
司会「引きこもってたんじゃないか?MC悪いって」MCってメインキャストのこと?(爆)違ってたらごめんなさい。(^o^;A
杉浦「(撮影中は)楽しかったですよ。お弁当以外は(笑)(弁当は)何種類も制覇しました。ウドン入りが好きでしたね〜」
井出監督「メニューは何周もした(同じローテーションメニュー)」(苦笑)
杉浦「野菜が不足しました」
司会「撮影は去年の5月でしたね」
杉浦「3週間、標高の高い山荘にこもりきりでした。その山荘って(撮影)現場まで1時間かかったんですよ。何で(そういう場所選んだん)でしょうね?」
井出監督「言えない諸事情があったんですよ・・」(苦笑)はて、なんだろう(^^;?
杉浦「毎日、虫と混浴してましたよ。虫と共存してました(笑)3週間経ったころドラム缶のシーンがあって中にも虫がいっぱい。(ドラム缶の中で)待ってるのが辛かったです。
はじめは水に入らされて、だんだん底の方から熱くなってきて・・・結局2時間位入ってて、サッカーを見ていた。めずらしい経験しました」(爆)
まだ「零」をご覧になってない方ごめんなさいm(_ _)m
司会「坊主はどうでした?坊主は勇気がいったしょ」(笑)
杉浦「カットした時、監督に違ーう!と言われました。『オレはこの映画に賭けてるんだ!頼む。もうちょっと切ってくれ』と言われて地元(上田市)の床屋に行ったんです」
井出監督「オレそんなこと言ったかー?(苦笑)床屋で『(普通の)坊主にすると、あまりに子どもになる。子どもに見えちゃう』と言われたんだよ、・・・あなた(太陽くん)には内緒だけど」(爆)
杉浦「・・・!」 マア14歳のローリー役もこなすほど太陽くんの芸の幅は広いですから(^o^;A
司会「で、監督と同じ位」そういえば井出監督も似た感じ?の短髪。(笑)
井出監督「オレを見ないで」(笑)
杉浦「撮影のスタッフさんも(気合い入って)坊主の人が多かったですね」(笑)
杉浦「飛行機にも乗れたし」と太陽くんうれしそう(^o^)
司会「アレ、CGじゃないですから」(笑)
司会「動かすのが大変だったですね、飛行機」
杉浦「え?ウラで回している陰の人がいたんですか?」
川上「ハリウッド映画じゃないんで・・・」(爆)
司会「涙ぐましい努力でしたね」(笑)
杉浦「(撮影中は)毎日、朝焼け見ていました。3〜4割は夜撮影でしたね。部屋の中のシーンも実は夜撮ってたり・・・」
司会「辺見えみりさんとのシーンでは?」
杉浦「えみりちゃんとは、おにぎり食うシーンで台本では3口で食うってあったけど、テイク7位までいっておにぎりがだんだん小さくなってった。
1回は吹き出しました。いかに丸飲みするか。
ウラ話ですけど食べ切れなくて、カメラが振る前に実はポケットに入れた」(爆)
司会「そんなことしてたの?給食食べれない子どもみたい」
杉浦「基本的には残さないタイプで牛乳もいつも一気飲み。
(学校給食)ダッシュで余ってるのも飲む♪『いんじゃんでほす』」(爆)
司会「それって、なーに?『いんじゃんでほす』?ご出身はどちらで?(^^;」
杉浦「寝屋川です。あれ?そー言わない??」
なんだろー『いんじゃんでほす』って??私そう聞こえたんですが(苦笑)
司会「『零』の思い出についてお聞きしたいと思いますが、ラストのシーン突っ込んで行くのは大変でしたか」
杉浦「死ぬというのは自分で経験できないから、いかに自分の限界を引き出すか、でしたね」
井出監督「テストが長かったね。水しぶきの問題があった」
杉浦「はじめは水くるとは思ってなかった・・・」(苦笑)
井出監督「水面ギリギリの発想なので、そういう風に見てください・・・」
司会「太陽くんは、飛行機に乗ったとき普通つける耳栓してなかったんだって?」
杉浦「ウルトラマンで慣れてるんで、いいですと言って耳栓しなかったけど、ウルトラマンの100倍位爆音がすごくて、その日1日耳聞こえなかった」(苦笑)(^^;
井出監督「矢部くんは後ろに乗ってたので、大丈夫だったね」
杉浦「いい血を流させてもらえました。いつ出血多量で死ぬかという(極限の)状況でした」
杉浦「(神風特攻隊の)『神風』。ボクしばらく『風神(ふうじん)』て読んでたんです(^^; 」
川上「監督、(太陽くんで?(^^;)大丈夫でした?」(爆)
杉浦「ほら、昔は(横書き文字)反対から書いてたじゃないですか。で『風神』があるなら『雷神』とかもあるのかと思ってた」(爆)
井出監督「当時は(神風を)『しんぷう』と読んでいた。『かみかぜ』という一説もあって判断できない」

司会「太陽くんがいつも持ってたという軍刀について教えてください」
井出監督「なぜ軍刀を持ってたというのは(本編)DVDでわかるようになる」
杉浦「エピソード、DVD化するんですか」
川上「DVDします」
杉浦「未公開シーンもですね」
司会「皆さん(本編の)DVD作ってほしいですよね」
客席のファン「作って〜〜!!」の声しきり!
杉浦「(せっかく撮ったシーン)ごっそり抜きましたよね。(^^; どこ抜きました?飛行機発射(発進?)のとこ頑張ってやったけど、なんでカットしたんですか?」(苦笑)
川上「それは(トークショーが?)終ってから(^^; へ… 」説明してくれるのかな太陽くんに?
杉浦「カメラマンの方がずっとしゃべてて面白かったです。ずっと(ボクを)笑かすんですよ。
スタッフさんにも恵まれました。同じ年頃のスタッフさんも多くて楽しかったです」
司会「キャストも同じ年代ですね」
杉浦「高野八誠さんはボクより3つ年上です」
杉浦「時間の流れがまったくわからなかった」
川上「太陽くんだけ(部屋に)こもってましたねーー」
司会「撮影のほうも、ずっと出ずっぱりだったし」
杉浦「ボク睡眠充分とってないとダメで、次のシーンを(頭に)
めぐらせながら(と、右手人さし指を立てて腕を回すポーズ)寝る。
向こう(の部屋)では八誠さんが『飲めー、オラー!』と宴会してた。八誠さんは毎晩飲んで・・・(^^;」(爆)
井出監督「(でも)あいつら自主トレしてたょ。芝居やってた。
どうせ現場で変わっちゃうからなーと(ボクは)イジワルな目で見てた…」(^^; (爆)
司会「矢部太郎さんはどうですか」
杉浦「(彼は)プライベートでも(雰囲気)一緒なんですよ(笑)アノ動作は父親ゆずりで
緊張したらでるんだそうです」(笑)あの動作ってズボンをキュッと上にあげるアレか(^^;
川上「矢部くんは一般の人みたいに、太陽くんに写真撮らせてくださいって言ってましたね」
杉浦「あ、ボクも言いました。矢部さんに」(笑)
杉浦「八誠さんはナゾですね」
司会「高野八誠さんも、ウルトラマンやってましたけどね」
杉浦「(いやー)先輩ウルトラマンとも思わない・・・」と首傾げる(^^;
司会「悪いウルトラマンだよね」(爆)冗談です、冗談(^o^;A フォローも大変だーー(笑)
杉浦「トークも変わってる。言ってることがジョークかホンマかわからない」(笑)
司会「話してて急に仲間に(会話を)振るんだよね 」
杉浦「実は八誠さん淋しがりやなんですよ。『太陽としゃべりたかったんだよ』って、あとで言ってた。
基本的に個性の強い人多かったぁ!」(笑)
司会「変わったヒト多かったですね」
井出監督「フツーだよ、ボクは・・・(ーー)≫」
杉浦「監督は、真剣でしたね」
井出監督「当たり前だよっ!考えてるフリだけど・・君をどーしようかと、ずっと考えてた」
杉浦「ありがとうございます!m(_ _)m」(笑)
川上「・・・今若い子たちが簡単に人殺す凶悪犯罪が増えている。
当時はいろんな理由で、死にたくないのに死んでいった人があることを見てもらいたくて「零」を監督と作った。
ぜひ皆さんお友だちを誘って見にきてください」
井出監督「(これも)縁だと思うので見てください。こういう事実があったということを。
オプションとして(面白い部分も本編の中に)いろいろくっつけてますけどぜひ見てもらいたい」
杉浦「(客席を見て)いろいろな年代の人、見てくれてますね。
今の世の中、自殺や虐待で『命』を粗末にする人が多いのが許しがたい。
もっともっと今の若い人に生命の尊さを知ってもらいたい」
司会「太陽くん、今後の予定は?いま『てるてる家族』に出てますよね」
杉浦「(てるてるの)クランクアップ明日(23日)なんですよ。
放送もあと1ヵ月ですね。
ローリーはお金持ちのボンボンなんですけど、いつも時代の最先端いってる。ロン毛でヒッピー族」
司会「(そこまで)言っていいの?」
杉浦「内容は濃いですよ〜。ボクだけ浮いてる。バンダナ巻いて髪はこのくらい」と太陽くん、手を胸のあたりに・・・。
そんなに長くなるんだ。坊主だったのに。(笑)
杉浦「ローリーは変わったキャラでやりやすいです。
三枚目の壊れたキャラも面白い。天然ぽい。むしろ(ボクの)素なんです。
てるてる、最後はボクの実年齢までいきました。年齢上がるごとに、やりやすくなった。
(14才のから始まって)はじめのころは声のトーンまで高かった」(爆)
司会「映画『ナニワ金融道』も公開予定されていますね」
杉浦「はい、今年中には。他にも映画・ドラマの予定もあります」わー(^o^)楽しみ!
司会「今は詳しいことは言えないですね。太陽くんはバラエティ(番組)もやりつつ・・」(笑)
杉浦「バラエティに出てるボクどうですか?」と場内のお客さんに聞く太陽くん(笑)
杉浦「しゃべってるの、カットされてるんです。話す機会あればしゃべるけど、バラエティは突っ込みで笑いをとるんで、考えてるうちに終ってしまう・・・」(苦笑)
司会「あんまり気にしないでいいですよ。(お笑い)芸人さんじゃないんだから」
杉浦「素でいきます!」(笑)
太陽くん、いっぱいお話してくれてありがとう!!
あんなに活き活き喋る太陽くん、やっぱり天然なんだーー(爆) (^o^)v



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「零」高野八誠さんトークショー / リドリアス 2004/02/21(Sat)

高野八誠さんは「零」の中で久我松男少尉役で、熱演されています。
ウルトラマンファンにとっては、高野八誠さんといえば、ウルトラマンアグルの藤宮博也役で親しまれている方も多いと思います。
「零」第1回目終了後の1時20分から約20分位のトークショーでした。
まず舞台に司会の男性が登場「皆さんこんにちは。簡単にご注意申し上げます。写真は禁止です。マスコミがデジカメで撮影しますが「零」本編DVD用ですので、ご了承ください。それでは、ご登場です」
そして松田賢二さん、高野八誠さん、井出良英監督、企画プロデューサーの川上泰弘さん4名が舞台に上がられました。
司会「では、松田くんからご挨拶をどうぞ」
松田賢二さんは「零」で井上少尉役を演じられました。
松田「こんにちは・・・杉浦太陽です」(笑)
松田さんは、上下黒い服に白いジャケットが粋でした。
司会「・・・で、八誠くん」
高野「こんにちは、杉浦太陽です」(笑)
高野八誠さんは、映画の役とはうって変わって金髪ロン毛。グレーのトレーナーに両ひざ穴あきジーンズ。
司会「やりづらいですね(苦笑)ロケ地ではいかがでしたか?ソバは食べましたか」
ここで、信州上田はソバの有名な所でソバを食べた話が出ましたが、なぜか入ったお店のおソバは不評だったようです。
司会「ううむ。質問が悪かったなぁ。撮影エピソードなどありましたら教えてください」(汗)
高野「ボクが賢(松田賢二さん)に殴りかかり『一視同仁』ですと言う所、20回くらいやりまして、貧血で倒れそうになった」
松田「(そうだった?)全然記憶にない」〜ふたり、かみ合いませんネ。ぷぷぷ
高野「(首を傾げて)ほかは特に思い出せない」
司会「川上さんはいかがでしたか」
川上「彼(高野八誠さん)がテンションたもつのが大変だった」
松田「靖国にも行きました。当時の特攻隊の手紙を読んで、今の時代の人にはない必死に生きてるさまが読み取れて、メッセージになってる」
そして、だまってる八誠くんに向かって
松田「なんかゆうたれ」
高野「坊主になって皆で神社のお払いに行った時は観念した。神主さんの祝詞の言葉がなぜか『着信携帯』と言ってるように聞こえて、くすくす笑ってしまった。(クランクインの)準備といったらそのくらい」
司会「3〜4日前に皆坊主になって行ったんですよね。太陽くんだけ長い髪のままのシーンが冒頭にあったんで切れなかったんですよね」
川上「映画を作るにあたって世代的に皆戦争を知らないということで、過去の歴史を調べることから始めたんです。それで実感が湧いてきた。イラク戦争などをTVで見てもリアルに伝わらないですからね。過去に本当に戦争をやったんだよということを知らなきゃいけない」
司会「現代の役者が演じてどう思われましたか」
井出監督「良い、としかいえない。戦中の人がどうだったか解釈すれば(感覚等)20%位しかわからない。見た人が解釈していただくしかない」
川上「映画の名前も「零」ですけど、ホントにゼロから作り上げた中で、英語が出てくるシーンに苦労しました。英語やローマ字は当時も使っていたんですよ」
井出監督「『ゼロ戦』なのか『レイ戦』なのかこの言い方もさだかではない」
高野「そーなんですよ」
松田(同じように)「そーなんですよ」(笑)
川上「八誠くん、マイクの持ち方おかしいんじゃない?カラオケ歌うみたい」(笑)
(くだけたトークショーでしたよ、ぷぷぷ)
松田「(演じて思ったこと)・・・それボク言いたかったことなんです。飽食の時代に一生懸命生きるってなかなか今はないのを感じれたし、いいテーマ性だったと思います。
(・・・司会者に)また何言ってんだという顔ですね」(爆)
高野「(ボクは)立ち居振る舞いに苦労しました」
司会「背筋伸ばして大変でしたね」(笑)
井出監督「(現代では)わからない言葉はなるべく避けた。あと(役者の)姿勢の問題ですね。(背中に)棒でも入れてやろうかと・・・」(爆)
司会「坊主頭についてはどうですか」
高野「ファッショナブルにしようとハサミでやってもらったらヒヨコみたいになってしまった」(笑)
井出監督「結局メイクさんに切ってもらってカッコ良くなった。ただ海軍は皆坊主だったという記録はない」
司会「え?だまされた?」
井出監督「1/3は坊主でない人がいた。でも坊主で気を引き締めた」(笑)
高野「イメージは坊主だったんで、気持ちもさっと切り替わった」
司会「八誠くんは、菅野美寿紀さんと、いいシーンがありましたね」
高野「ドキドキしましたけど、気張っていや緊張してないよ、という感じで」(笑)
司会「キスシーンなくて残念でしたね。監督、次はキスシーンのある役で」
井出監督「ハイ」(笑)
司会「では「零」の宣伝メッセージお願いします」
松田「・・・(高野八誠さんに)先、言って」
高野「えーと。・・・(松田賢二さんに)先、言って」(^o^;A ・・ふわふわムード(爆)
松田「ベースは神風特攻隊だけど、当時の若者の生きるエネルギーを感じてもらえたらうれしい。多くの人に見てもらいたい」
高野「今までの戦争映画といったら、バラバラ、ガーンボーンが多かった。簡単に人が死ぬように描かれている。でも「零」は人間ドラマ。重みがある、とウチのお母さんが言ってた・・・ひとりでも多くの人に見てほしいですねーー・・・とウチのお母さんが言ってた」(爆)
川上「今若い人がすぐに人を殺したりする(事件がある)が、戦争は国のためでなく、いろんな想いを抱いて若い人が死んでいった。ぜひ若い人に見てもらいたい」
井出監督「若い人は特攻隊なんて知らない人もいる。戦争があったって知らない若者もいる。ぜひ見てほしい!」