ウルトラQ〜dark fantasy〜番組レポート

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ウルトラQ〜dark fantasy〜番組レポート 【トーテムの眼】
欲望があるからこそ 人は生きています
ですが 欲に目が眩み 自らを失ったそのとき
悪魔はあなたの肩を叩くかもしれません

大会の迫る陸上部では、練習に余念がない。短距離エースの橘麻衣も、そんな 一人だった。

「いいぞ、橘。これなら次の大会、記録が狙えるぞ。がんばれよ」
「はい、ありがとうございます」
顧問の激励に嬉々として答えた麻衣は、ある男子部員をちらりと垣間見た。
――好きです  心の声が囁く。すると彼がこっちを向いた。目が合う。聞こえたのだろうか。 麻衣は咄嗟に目を逸らし、うつむいた。

――熊谷センパイのこと、大好きです。センパイともっと色々話したい。走る こととか、今日学校であったこととか……

同じ陸上部に所属する憧れの先輩・熊谷勝浩を想いながら、麻衣は下校する。 その帰り道、ふとアンティーク調の見るからに怪しげな雑貨屋のウィンドウに貼 られたポスターに気づいた。

「恋の錬金術師?」
ポスターのコピーに引き寄せられるように、麻衣は店内に足を踏み入れた。悪 趣味に陳列された商品を見回す。そこで何気なく目に付いた30cmほどの小さなト ーテムポールを手に取った。

「これが?」 首を傾げたそのとき、奥から胡散臭いなりの店長が飛び出してきた。 「ウェルカーム、彼女! 目のつけどころがいいねー。こいつはその名も……」

「三つ眼のトーテムポール?」
渡来教授の研究室で、坂本剛一と楠木涼は、PC画面に映し出されたトーテムポ ールを見せられていた。麻衣が胡散臭い店で手にしたトーテムポールによく似て いる。

「そう、その三つの眼が三つの願いを成就させる。でも、その代償として、大切 にしているものを三つ奪っていくという」
渡来教授の解説に、涼が質問を浴びせた。
「三つ? このメールをくれた考古学者の方が変死したことと何か関係があるん ですか?」
「わからない。ただ、この三つ眼のトーテムポールを処分して欲しいというのが 、私への最期の言葉となった」
謎のダイイングメッセージを渡来に託した考古学者の死は、このトーテムポー ルの周囲に不可解な臭いを漂わせ始めていた。

麻衣は帰宅すると、死んだ父親の写真に「ただいま」と声をかけた。母親は仕 事のため日中は不在である。

部屋に上がると、早速トーテムポールを取り出した。そう、彼女は先ほどの店 で、三つ眼のトーテムポールを購入していたのだ。

トーテムポールをテーブルの上に立て、「よし」と気合を入れると、両手を組 み、それを真剣な眼差しで見つめた。

「熊谷センパイが私と付き合ってくれますように」  シ―――――――ン。トーテムポールは微動だにしない。再度、願いをかける 。

「熊谷センパイが私と付き合ってくれますように」
シ―――――――ン。
「バッカみたい。また無駄遣いしちゃった」
麻衣は呆れ気味に深い溜め息をつくと、ベッドに背をもたれた。

翌朝、陸上部の朝練に出るため、麻衣はいつもより早めにダイニングに降りて きた。

「おはよー」
仕事で疲れているであろう母が、自分のために早起きをして朝食の用意をして くれていることを、うれしく思った。

「聞いて。昨日ね、自己ベスト更新したんだ。大会でも記録狙えるって」
「すごいじゃない」
母は、まるで自分のことのように喜んでくれた。麻衣はそんな母が、大好きだ った。

麻衣の通学路脇に、一台の車が停車していた。坂本の車だ。助手席の涼が、資 料を読み上げている。

「本来トーテムポールは顔を表すものであるが、悪魔を封じ込めるために作られ たものもある」
坂本も呼応するかのように、自ら手にした資料を読む。
「トーテムポールに封印された悪魔は、人の欲望につけこむことにより、見えな い形で姿を現し、災いをもたらす、か」

このとき、偶然にも麻衣が車の横を通り過ぎた。彼女はトーテムポールの真の 恐ろしさをまだ知らない。このときも、そのまま通り過ぎようとしていた。が、 彼女が不意に立ち止まる。道の向こう側に、見知らぬ女性と親しげに肩を並べて 歩く熊谷の姿を目撃してしまったからだ。

「センパイ……」
麻衣がショックのあまり茫然と立ちすくんでいると、女性と別れた熊谷は、赤 信号に気づかず横断歩道を渡ろうするのが見えた。
そのとき運悪く、反対車線から車が走ってきた。それに気づいた麻衣は反射的 に駆け出し、熊谷を突き飛ばした。熊谷の身代わりとなった麻衣は、坂本と涼の 呼んだ救急車で運ばれていった。

麻衣が目覚めると、そこは病院のベッドの上だった。しかも、憧れの熊谷が自 分を心配そうに覗き込んでいる。

 ――うそっ……
慌てて起き上がろうとした瞬間、右足に激痛が走った。熊谷が気遣う。
「じっとしてたほうがいい。一週間は絶対安静だって」
その言葉に麻衣は、おそるおそる自分の右足を見た。麻衣の様子に罪悪感が込 み上げた熊谷は、ベッドに頭をこすりつけ謝罪した。

「すまない」
「そんな、センパイが無事ならそれで……」
「橘、次の大会、記録かかってたんだろ? ずっと気になってたんだ、橘のこと 。同じアスリートとして。それに、前から橘のこと、いいなって……」
夢にまで見た熊谷の思わぬ告白ではあったが、にわかに信じがたい事態に複雑 な表情が隠せない。

「センパイ、彼女いるんですよね」
今朝、目撃した光景がよみがえる。だが意表をついて、熊谷はあっけらかんと 答えた。

「あー、姉キ」
「お姉さん? お姉さん……お姉さんか……」
なんだか急に可笑しさが込み上げた。唐突にくすくすと笑い出す麻衣を、熊谷 は不思議そうに見つめた。

「大丈夫か?」
そこへ母もやってきて、娘の異変に怪訝な顔をする。
「麻衣、頭打ったんじゃない?」
「大丈夫、大丈夫。もうすっかり元気だから」
大好きな先輩に想いが通じたことにより、足の痛みなどどこかへいってしまっ たようだ。

 From 熊谷勝浩  Subject 元気出せよ   麻衣へ    良くなったら^□^一緒に走ろうぜ! 熊谷

急速に接近した2人の関係が、うれしくてたまらない。喜び勇んでトーテムポ ールを手に取った。トーテムポールの眼は、一つだけ開いている。

「おまえのお陰かもね」
にっこり微笑む。そこへ来客が現れた。涼だ。慌ててトーテムポールを布団の 下に隠す。

「麻衣ちゃん、どう?」
「楠木さん、この間はどうもありがとうございました」
麻衣の交通事故現場から、救急車を要請したのは涼だった。涼は差し入れのケ ーキを渡すと、ベッドに麻衣と並んで座った。麻衣が訊く。

「雑誌のカメラマンなんですよね?」
「あたしね、都市伝説ネタに興味あるの」
「おもしろそー」
「そお? じゃーさ、これ、どう?」
ワクワクと興味を示す麻衣の反応に気をよくした涼は、ファイルから三つ眼の トーテムポールのプリントアウト画像を取り出して見せた。

「これは……」
麻衣の顔色がやにわに曇る。それに涼は気づかず、三つの眼が三つの願いを叶 えることを話して聞かせた。麻衣はふと、ベッド内に隠したトーテムポールに目 をやった。

「でもね、これにはすごいしっぺ返しがあってね」
「どんな?」
またも麻衣が涼の言葉に反応する。
「願いを叶えるためには、その代償を願う人が払わなきゃならないの」
更なる涼の言葉に、麻衣は動揺した。
「しかも、その願いが大きければ大きいほど、支払わなければならない代償も大 きくなるの」

麻衣が熊谷に送られて学校から帰宅すると、自宅前で不動産屋が客を連れて母 と立ち話をしているところに出くわした。

母から事情を聞いた麻衣は、激しく責め寄る。
「どうして家を売っちゃうの?」
亡き父との思い出が溢れるほど詰まっているこの家を売ろうという母の心情が 理解できない。だが、このとき麻衣は、はじめて母から驚愕の事実を知らされる 。

それは、自分の足が事故の後遺症により、一生不自由なままかもしれないとい うものだった。突然のことに、目の前が真っ暗になった。

母が言うには、外国にいる整形外科の名医なら、麻衣の足を手術によって治せ るとのことだ。だが、治療に莫大な費用を要することは、説明されるまでもなく 理解できた。

「私のために……」
やり場のない苦悩から、麻衣は母と抱き合って泣いた。

部屋に籠もり、独り思い悩む。
「お金があれば、この家を売らなくても済む。私の足だってお金があれば、母さ ん一人苦しまなくていい」

おもむろにトーテムポールに手を伸ばし、そして見つめる。涼の言葉が脳裏を かすめた。

 ――しかも、その願いが大きければ大きいほど、支払わなければならない代償 も大きくなるんだって

代償――。
「今度の代償はなに? 私の左足? それとも腕? それでもいいわよ。私はど うなっても。母さんが楽できるなら」

強固な決意の下、麻衣はトーテムポールに二つ目の願いを告げた。
「お金をください。私にたくさんお金をください。お金を……」
ぶつぶつと何かにとり憑かれたように、麻衣は願いを反復し続けた。これから 訪れるリスクが、どれほどのものかも知らずに……。

翌朝麻衣は、電話の呼び出し音で目が覚めた。

「お母さん、電話。お母さん!?」
ベッドから母を呼ぶが、返事がない。渋々起き上がる。
「こんな時間に誰よ?」
麻衣は電話に出るため、階下に降りていった。そのときはまだ、トーテムポー ルの二つ目の眼が開いていることに気づかぬまま。

その日のことだ。麻衣は警察の遺体安置室に案内された。
「ご確認を」
遺体を覆っていた白い布が取り払われると、そこには変わり果てた母が横たわ っていた。頸部には紐の痕がくっきりと残っている。

「間違いありませんか?」
玉木刑事が事務的に問う。受け入れがたい目の前の現実に打ち震え、麻衣は亡 骸に崩れるようにしてすがりついた。

「ねぇ、お母さん、起きて」
あんなに明るかった母が、何故自殺などするというのか。心当たりはただ一つ ――。

「ごめんなさい。ごめんなさい……」
母の亡骸に向かって謝り続ける麻衣。そこへ、坂本が到着した。
「麻衣ちゃん……」
「知り合いか?」
玉木刑事の問いに頷く坂本は、麻衣の慟哭を沈痛な面持ちで見つめていた。

三つ眼のトーテムポールが売られていた店を突き止めた涼は、店頭から坂本に 連絡を入れた。

「剛ちゃん? 麻衣ちゃんだよ。あの子が三つ眼のトーテムポールを買ってった って、店の人が」

それを聞いた坂本は、警察での光景を思い出した。
「そういえば麻衣ちゃん、遺体に向かって何度も謝ってた」

その頃、非情にも橘家に保険屋が訪れていた。
「死亡診断書等の必要書類と、受取人様のサインをこちらの欄にご記入いただき まして、私どもの保険会社宛てに……」

事務的に話を進める保険屋。麻衣は莫大な受け取り金額を、虚ろな瞳で見てい た。
この金が、これが母の命を奪ったのだ。だが、今さら気づいても、もうどうす ることもできなかった。

「こういうことって考えられない?」
涼は坂本に自らの推測を語って聞かせた。
「麻衣ちゃんが足を怪我したのも、お母さんが自殺したのも、三つ眼のトーテム ポールに支払った代償だって」

涼の仮定に、坂本は戦慄が走った。
家に独りきり取り残された麻衣は、保険屋が置いていった書類に涙を零してい た。

「お母さん……ごめんなさい……」
書類の上に突っ伏し、泣き崩れる。突如、狂ったように書類を破り捨てた。そ して、自室へ駆け上がり、二つの眼が開いたトーテムポールを乱暴に掴んだ。

「母さんが自殺なんかするわけない。あんたがやったんでしょ。あんたが母さん 殺したんでしょ!? 母さん返してよ! 母さん返してよ!!」

憎悪の形相でトーテムポールを睨みつけると、麻衣は力一杯それを床に投げつ けた。ベッドに顔を埋め、激しく号泣する。後悔ばかりが押し寄せた。

外では暴風が哀しみに啼き、雷鳴が怒りに轟いてる。嵐に激震する部屋の中、 麻衣は泣き疲れ、いつしかベッドに身を預け、寝入っていた。

玄関の戸が開いた。
同時に、三つめの眼も開かれようとしていた。
ずぶ濡れの足が、ぺたぺたと廊下を擦り歩く。ぽたりぽたりと嵐の雫を滴らせ 、階段を昇り迫る。一段、また一段、ぎし…ぎし…ぎし……と。

麻衣は、床板の軋む音にふと目を覚ました。
「誰なの?」
三つめの眼が開こうとした、そのときだ。キィィィと部屋のドアが開いた。そ こには見慣れた人影があった。

「母さん……」
「麻衣ちゃん」
母だった。稲光に照らされたその人の顔は、まさしく母の顔だった。そのとき 、トーテムポールの三つめの眼が完全に開ききった。

「母さん、生きてたのね」
麻衣は闇雲に駆け出し、母に飛びつた。
「母さんっ!」
だが、するっ……。麻衣は母の身体を通り抜けてしまった。
「え……?」
予期せぬ事態に震撼する。もしや、母は幽霊となって現れたのだろうか。
「麻衣ちゃん」
母の声に振り返った。が、そこで彼女が目にしたのは、恐るべき光景だった。
「こんなところで寝てると風邪引いちゃうよ」
それは、ベッドにもたれ寝入る麻衣に、母がやさしく毛布をはおらせてやって いるものだった。だが、自分はここにいる。なのに、ベッド脇にも眠っている自 分がいる。これはいったいどうしたことか。わけもわからず驚愕し、目を見張る 。

 ――どういうこと?
ベッドに置かれた麻衣の左腕が、だらりと落ちた。母が不安げに覗き込む。
「麻衣? どうしたの?」
母は何度も麻衣の身体を揺り動かした。しかし麻衣はピクリとも動かない。息 もしていない。母の顔色がたちまち蒼くなった。

「起きて、麻衣。起きて」
母が何度揺すっても、麻衣はけして目を開けることはなかった。

 ――もしかして……
麻衣は、母が自殺したことで取り乱し、トーテムポールに向かって三つめの願 いを口にしてしまっていたのだ。「母さん返してよ!」と。

 ――あれが、最後の願い
息を呑み、恐る恐る両手に目をやると、指先が粒子となって消えかかっていた 。

 ――そして、これがその代償
「麻衣、起きて。死んじゃだめ!」
悲鳴にも似た声で、母が娘の名を叫び続ける。魂の抜けた骸に向かい、必死で 呼びかけ続けている。

 ――母さん! 母さん!
消えゆく身体で、麻衣も母を呼ぶ。私はここにいる、と。だが無情にも、その 叫びは永遠に母に届くことはない。トーテムポールに支払った代償は、これを以 ってすべて費えたのだ。

「麻衣! 麻衣!」
なおも必死で娘を呼び戻そうと叫び続ける母の姿から、自分への愛情の深さを 汲み取った麻衣の顔は、次第に穏やかな色味を帯びはじめていた。

 ――母さん……
謝意に満ちたその顔は、やがて蒼白い光の粒子となって、跡形もなく消え去っ た。

そして、三つの眼が開ききったトーテムポールも、その役目を終えたかのごと く、跡形もなく消滅した。

坂本と涼は、翌日の新聞にて麻衣の変死を知った。
「彼と同じだ」
渡来教授が呟く。
「麻衣ちゃんの部屋からも、三つ眼のトーテムポールは見つかりませんでした」
坂本が告げた。涼はやるせない表情を見せる。
「もう二度と出てこなければいいんだよ」

だが、渡来教授の言葉は、意に反するものだった。
「いや、消すことはできないのかもしれない」

例のアンティークショップでは、二人組のかまびすしい女子高生が、三つ眼の トーテムポールに興味を示していた。

売れたはずのトーテムポールがいつの間にやら戻ってきたことに困惑しながら も、店主は彼女たちに三つ眼のトーテムポールの説明を聞かせた。

三つの願いが叶うと知った彼女たちは、小馬鹿にしたようにトーテムポールを 粗雑に掲げると、突拍子もない願いを口走った。

「えー、マジ? あたし、お笑い芸人の愛人になりたーい!」
「あたしはねー、総理大臣になりたいっ!」
願いを叶える道具 あなたは使ってみようと思いますか
どのような災いが待っていようとも 受け入れる覚悟がおありなら お試し あれ

「せーのっ、世界征服した――――――――いっっっ!!」
そのとき、トーテムポールの三つの眼が同時に開いた。地球が、人類が、滅亡 する瞬間だった。


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ウルトラQ〜dark fantasy〜番組レポート 【夢みる石】
子どもの頃は誰もが訊かれます
大人になったら何になりたい? キミの夢は?
でも 本当に大人になってしまったら もう誰もそんなことは訊いてくれま せん

長ネギの飛び出た買い物かごをぶら下げ、疲れた顔で歩く主婦がいる。山野薫 という。

商店街をとぼとぼ歩いていた彼女は、ショーウィンドウに飾られた姿見 に映る自分に気づき、ふと立ち止まった。

いつから、こんなふうに醜くなってしまったのだろう。愕然と佇んだ。

では 大人の夢はいったいなんなのでしょう これは大人の夢を巡る ちょっと怖い物語……

「洋ちゃん、早く早く。隕石!」
小学4年生の山野洋平は、親友マツボンに呼び出され、家を飛び出した。
「洋ちゃん、待って」

母・薫が呼び止める。母に渡されたハンカチを無造作にポケットに押し込むと 、洋平はマツボンとともに一気に駆け出して行った。そんな次男の後姿を、薫は 微笑ましく見送っていた。

洋平とマツボンが向かった先は、町外れにある森だった。野次馬の脇をすり抜 け、立ち入り禁止のロープを難なくくぐり、彼らは隕石に近づいた。

「なぁ、あれ、すごいよね」
「すっげー、なにあれ」
興奮気味に言い合う。およそ30cm四方ほどの隕石はまだ落ちて間もないのか 、水蒸気を立ち昇らせている。

普段静かな町を一日にして騒然とさせた隕石を、もっと近くで見てみたかった のだが、警官に追い払われ、やむなく退散せざるを得なかった。

「隕石、すごかったよなー」
商店街まで逃げてきた2人は、まだ興奮冷めやらぬといった状態だった。

「そうだ、ボク、兄ちゃんに双眼鏡借りてくる」
思いついたように洋平が走り出す。が、角を曲がったところで、突如目の前を 横切った男とぶつかった。黒いコートを纏い、片目に黒い眼帯をつけたその男は 洋平をひと睨みすると、蛇のような舌を口からちょろりと伸ばした。

うっ…と思わず後退りする洋平を尻目に、男はすぐ横の空き店舗へと向かった 。ガラス戸に貼られた「貸店舗」の張り紙を乱暴に引きちぎり、ぐしゃりと握り つぶす。男は、無言で中へと姿を消した。

1カ月後――。喫茶店で一人、自分の写真をチェックしていた楠木涼の携帯に メールが入った。洋平からだ。「町がおかしい」というタイトルに、涼は訝しん だ。

 ――実は、ボクの住んでる月崎町がなんかおかしい気がします。森に隕石が落 ちて以来、大人たちが夜、毎日みたく集まって、「集会」というのをしています 。いったい何をしているのか、大人たちは誰も話してくれません。ボクはうまく 言えないけど、何かが変な気がします。

「隕石と夜の集会かぁ。行ってみるか、月崎町」
未知への恐怖よりも、ジャーナリストとしての血が騒いだ。

洋平は、地蔵群の路石に腰掛け、マツボンと駄菓子を食べながら話していた。 マツボンの両親は、毎晩集会とやらに行っているという。

「うちは、ときどき」
うつむき加減で洋平が言った。洋平の父は単身赴任のため、母が集会に参加す ると夜は洋平たち兄弟の2人きりになってしまう。母はそれを懸念し、集会に顔 を出すのを極力控えているのだ。

「集会ってさ、いったい何やってんのかな?」
洋平の素朴な疑問に、マツボンが溜め息混じりに答えた。
「なんかさぁ、大人って楽しみ少なそうじゃん。もう人生決まっちゃってるし、 あと年取るだけでしょ。未来がないってゆーか。くたびれてんだよねー」

あまりに生々しいマツボンの言葉を聞き、洋平はふと思い出す。ある日帰宅す ると、ソファで自分のアルバムを懐かしそうに眺める母の姿があった。その瞳は 切なげであり、哀しげでもあり……。

「くたびれてるのかなぁ、母さんも」
そのとき、遠くのほうで叫ぶ中年男性の声が聞こえた。
「ウツギさーん!」
その男性は、森の脇道で待っていた数人の大人たちの元へ駆けて行った。
「ウツギファーマシーだ」

マツボンが呟く。大人たちの中には、商店街で洋平がぶつかった黒い眼帯の男 ウツギも混じっていた。蛇のような舌をちょろりと伸ばしたあの不気味な顔は、 今でもはっきりと覚えている。ウツギは例の空き店舗に「ウツギファーマシー」 という店を構えていた。

「いよいよ今夜ですね」
男性が言う。他の大人たちもうれしげに頷き合った。
「それでは皆さん、予定通り」
ウツギはにやりと彼らを見回した。
「はい」

一同は深々と頭を下げ、ウツギを見送った。その光景を物陰から垣間見ていた マツボンが、洋平に囁く。

「今晩、なんかやるのかな?」
洋平は洋平で、何か妙に引っかかることがあった。
「ウツギがこの町に来たの、隕石が落ちてきたのと同じ日なんだよ」

2人はウツギの店に忍び込んだ。誰もいない店内には、何十パッキンものダン ボールが積み上げられていた。そのうちの一つの蓋が開いていることに気づく。

2人は中を覗き込んだ。中には「スタードロップ」とロゴの入った飴玉の缶がぎ っしり詰められていた。積み上げられたダンボールにも同じロゴがある。

「スタードロップばっかだ」
2人は目を見張った。そのときだ。コロン…コロン…コロン……。奥から聞こ える奇妙な物音に気づいた。

奥のカーテンを開け、そっと覗き見る。彼らがそこに見たのは、グロテスクな 長舌のような物体をでろでろと伸ばし、その先端部分からドロップを排出するウ ツギの後姿だった。

仰天した2人は、慌ててそこから逃げ出した。ほうほうの体で境内前まで辿り 着く。はぁはぁと息を切らし、マツボンが訊いた。

「ウツギってなに? なに、あのキモイの」
「わかんない」
洋平が顔を上げると、町内掲示板の告知張り紙が目に飛び込んできた。

集会のお知らせ
日時:15日8時
場所:月崎町集会所

今晩、何かが決行されようとしている。先ほど大人たちが「いよいよ今夜です ね」と嬉々としていたのは、これとなにか関係があるのだろうか。

「マツボン、ボク、今晩、集会所に行ってみる」
いつしか、洋平の決心は固まっていた。森では隕石が怪しげに発光している… …。

一方、涼は坂本剛一に、月崎町の異変について話していた。それを聞いた坂本 は不審な面持ちで、土石信仰の仮説を思い出した。

「古代から人々の祈りや信仰の対象となった石は、共同体の夢を具現化する装置 だったんじゃないかって説」

「どうゆうこと?」
「古代の社会には、人間と石を結ぶシャーマンってのがいてな、こいつ(石のシ ャーマン)が共同体の夢を石に伝えて、石がそれを実現する」

「共同体の夢って?」
「例えば、旱魃のときの雨乞いや、狩りの成功。つまりみんなの夢」  だが、涼はどこか判然としない。

「ふーん。でもそれは今回の事件とは関係ないと思う。だって現代じゃ、みんな の夢なんてありえないもん。人の夢なんて、てんでばらばらじゃん」
「ま、そーだよな」

その晩、洋平とマツボンはこっそり大人たちの後をつけた。森へと通じるトン ネルを大人たちがぞろぞろと練り歩く。彼らが向かう先は、言わずと知れた隕石 の落ちた場所だ。

森に辿り着いた大人たちは、隕石を取り囲むようにして立った。その中央で片 膝を着き、不気味に発光する隕石に手を置くウツギがいる。

ウツギの口からは、触覚のような細い舌が数本にょろにょろと伸び、ドロップ を排出していたグロテスクな舌がうねうねと蠢いていた。

奇怪な光景に瞠目していたそのとき、洋平は大人たちの中に母の姿を発見した 。思わず声を上げる。

「母さん!」
その声に気づいたウツギが振り向いた。
「誰だ!」
洋平とマツボンは一目散に逃げ出した。

息も切れ切れに家へと帰り着いた洋平は、このことを涼に知らせようとリビン グに向かった。だが、兄が電話中で使用できない。がっくり肩を落としていると ころへ、玄関のドアがガチャッと開いた。

慌てて2階の子ども部屋に駆け込み、メールで知らせることを思いつく。

洋平からのメールを受けた涼は、坂本とともに急遽、月崎町に向かうことにし た。

「町中の大人がおかしいって、どういうこと? このウツギって何者?」
「原因は森に落ちた隕石だ」
2人は車に乗り込み、月崎町へと急いだ。

ガチャ……。母が子ども部屋に入ってきた。洋平はすんでのところでベッドに 潜り込んでいた。

「洋ちゃん、お土産買ってきたわよ」
洋平がおそるおそる目を開ける。そこにあるのは、いつもと違わぬ母の顔だっ た。

「母さん、本当に母さんだよね?」
「おかしな子ね。はい、これお土産」

くすりと微笑む母が差し出したものを見て、洋平は凍りついた。母が土産に持 ち帰ってきたのは、スタードロップだったのだ。

カランカランと缶を振る母の笑顔に、なぜか異常な恐怖を覚える。
「これ食べて、早く寝るのよ」
洋平のおののきに気づかないのか、母はにこにことそれを息子の枕元に置いた 。

涼と坂本が月崎町へ向かっているとき、子ども部屋で眠っていた洋平は、外の 物音に気づき目を覚ました。

ベッドを抜け出し、2階のベランダから公園を見下ろす。

キィィ…キィィ…… 。真夜中の公園でブランコに乗っているのは、赤いレインコートを着た少女だっ た。その周りでは数人の子どもたちが遊んでいる。夜中に公園で遊ぶ子どもたち というだけでなく、どこか彼らに違和感を覚えた。

洋平は、ベッドの2階で寝ていた兄を起こしに戻った。
「兄ちゃん、兄ちゃん」
見ると兄の寝顔は蒼白く、死んだように動かない。枕元に散乱したドロップに 震撼する。

「起きてよ、兄ちゃん」
いっこうに目を開けない兄を置いて、洋平は母の寝室へ向かった。が、母は不 在だった。

「母さん……」
明け方、涼が坂本とともに月崎町に到着した。人気のない商店街に車を置き、 うろうろと歩き回る。

「母さ―――ん!」
洋平の声だ。辺りを見回す。2人は声のするほうへ歩き出した。そのときであ る。

「ふふふふふふふふ……」

どこからともなく、不気味な子どもの笑い声が聞こえてきた。涼は立ち止まり 振り返ると、目に付いた軽トラックに歩み寄った。

「誰かいるの?」
用心深く、トラックの後方に回る。

「ふふふふふふふふ……」

再び不気味な笑い声が響く。と突如、涼の背後から怪しい人影が襲いかかった 。ガッ……! 見知らぬ野球少年にバットで後頭部を殴られ、涼はそのまま倒れ こみ、意識を失ってしまった。

母の姿を求めて商店街を駆け回っていた洋平は、涼の車を見つけた。
「涼さんだ」

そのとき、マツボンがウツギに引っ張られるようにして路地から出てきた。
「放せ! 放せ!」
洋平は咄嗟に車の陰に身を隠した。
「スタードロップを食べなかったな」

ウツギは凄むと、激しく抵抗するマツボンの口をこじあけ、スタードロップを 無理矢理押し込んだ。同時にマツボンは気を失い、その場に崩れ落ちた。

「いったい……」
意識を取り戻した涼は、激しい頭痛に耐えながら気力を振絞り、ふらふらと立 ち上がった。トラックの荷台に積んであったツルハシに手を掛ける。

一方の洋平は、マツボンを担いで神社にやってきていた。やっとこせ階段に寝 かせる。

「マツボン、ねぇ、しっかりしてよ、マツボン」
マツボンも、兄同様蒼白い顔をして動かない。

ポーン、ポーン、ポンッ、ポン……。そのとき、段上より赤いボールが転がり 落ちてきた。見上げるとそこには、赤いレインコートの少女が立っていた。血の 気のない唇が微かに開く。

「あ…そ…ぼ……」

洋平の背後に、じわじわと子どもたちが集まってきた。みな、見知らぬ顔ばか りだ。身なりもどこか古めかしい。少女の背後にも、子どもたちが徐々に増え始 めていた。彼らもやはり、見覚えのない子どもたちだった。

いや、どこかで見たことあるような……。だが、やはり思い出せなかった。

突然行方を晦ました涼を探して、坂本が神社前にやってきた。そこへ、洋平が 血相を変えて走ってきた。

「助けて! 助けて!」
「ちょっと待て。落ち着け」
2人がわたわたしている間に、先ほどの子どもたちが追いついてしまった。じ わり…子どもたちが近づいてくる。ただならぬ空気を漂わせ、生気の失せた顔で 寄ってくる。

「なんなんだ、この子どもたちは」
その中の一人の少年が、坂本に向けてパチンコを構えた。
「おい、よせ。危ないじゃないか」

その瞬間、子どもの弾いた石つぶてが、坂本の足に命中した。激痛に顔を歪め る。いくら子どもといえども、この行為は尋常ではない。戸惑う坂本に向け、な おも子どもはパチンコを弾く。今度は頬をかすめた。滲む血にぞっとする。

もはや、この子どもたちに言葉は通じないのか。じわじわと迫り来る恐怖に危 機を感じた坂本は、洋平に言った。

「おい、逃げろ」
「でも……」
躊躇している暇はない。
「走れ!」

坂本の怒号を浴び、洋平はその場から駆け出した。直後、子どもたちが坂本を 一斉に取り囲んだ。

洋平は少し離れたところで立ち止まり、振り返った。そこで驚愕の光景を目に する。なんと坂本は、子どもになってしまっていた。

何事もなかったように、子どもたちは遊びはじめた。なわとび、まりつき、か ごめかごめ……。

無性に込み上げる物悲しさをこらえ、洋平は再び走り出した。

その頃、涼はツルハシを片手に、ふらつく足取りで森に辿り着いていた。

「光る隕石…どこよ……?」
この異常な状況を終わらせるには、例の隕石を破壊するしかない。光る隕石を 探し、森を彷徨い歩いていると、遠くで発光する物体が目に入った。

「あれだ」
即座にそれを破壊すべく、涼は身を引きずるようにして足を急いた。と、その とき、一つの黒い影が涼の前に立ちはだかる。ウツギだ。涼は思い切りツルハシ を振り上げたが、殴られた後頭部の鈍痛がまだ残り、体が思うに任せない。それ どころか、逆にツルハシを取り上げられ、倒されてしまった。

そこへ、洋平が現れる。
「涼さん、あれがウツギだ!」
涼は、キッとウツギを睨みつけた。

「町の人に、なにしたの?」
ウツギは平然と答える。
「私はただ、石の力を話してやっただけだ。みんなが一つのことを願えば、石が 叶えてくれるとね」

初め大人たちは、冗談交じりに互いの夢を言い合っていた。だが、連日連夜、 集会所に集い、夢を語り合ううちに彼らは気づいた。自分たちが心の奥に持って いた、共通の願望に。

「それが、子どもになること」
涼の言葉に、ウツギはにやりと嗤った。

「大人の夢は、子どもになることだ。私の役目は、彼らの夢を石に伝えること」
ウツギはしゃがみ、涼にその薄気味悪い顔を近づけ、そして話を続けた。
「おまえたち人間は愚かで、欲深で、虫のいいことばかり望む」

ウツギの背後から子どもたち、いや、子どもに返ってしまった月崎町の大人た ちが迫ってきた。洋平は腰を抜かし、涼の横にへたり込む。

「見ろ、あれが子どもになろうとした大人の成れの果て。何もわからない、ただ 遊ぶだけのバケモノ。あれがおまえたちの真の姿だ!」

そう叫ぶと、ウツギは立ち上がった。
「さ、みなの仲間に入るがいい」

ウツギが涼に食指を伸ばす。無表情に近寄ってくる子どもたちの中には、洋平 の母もいた。赤いレインコートを着た少女がそれだ。

洋平はたまりかねて、少女となってしまった母に駆け寄り、その小さな身体を 激しく揺さぶった。だが、彼女は洋平には目もくれず、彼を乱暴に振り払うと、 他の子どもたちと一緒に涼へと近づいていった。

倒れ込んだ洋平の目にツルハシが映る。瞬時それを手に取り、洋平は思い切っ てそれを隕石に衝き立てた。

「よせ!」

ウツギが慌てて制止しようとする。だが、石が目も眩むほどの閃光を解き放つ と、彼は苦しみもがき出した。口からは触覚のような数本の細い舌と、グロテス クな太い舌を一本吐き出している。しばし悶絶した後、やがてウツギは光の粒子 とともに消滅した。

「いってきまーす!」
洋平が元気良く玄関を飛び出す。
「洋平、ハンカチ持った?」
「うん、ほら」

呼び止める母に、洋平はしたり顔でハンカチをポケットから取り出して見せた 。母の顔がやにわに曇る。

「洋ちゃん、母さん、この間、怖い夢見た……」
「うん、でも、それは夢だよ、母さん。夢だから、もう大丈夫なんだ」

洋平は努めて明るく笑って見せた。息子の笑顔に励まされ、母も安堵の笑顔を 返す。

「そうね、そうだよね」
すべては夢の中での出来事だった――。どこかホッとしたように、母は息子た ちの、いつもとかわらない登校風景を見送っていた。

 ――涼さん、坂本さん、お元気ですか。月崎町は、以前と同じに平和です。ウ ツギもあの恐ろしい隕石と一緒に消えてしまいました。今度また、ボクの町に遊 びに来てください。

「なぁ、その隕石って、いったいなんだったんだろう?」
坂本が涼に訊く。
「うーん、そう思ってさ、かけら、拾ってきた」

そう言うと涼は隕石のかけらを取り出し、無邪気に坂本の目の前に掲げた。
「げ!」
目を丸くする坂本の目の前で、隕石のかけらはギラリと怪しげに光っていた。

夢は無意識を映す鏡
夢の中で自分は子どもだった
そんな夢をあなたも見たことはありませんか
もしあるなら 心の隙間につけこまれないよう 怪しい石にはご用心


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ウルトラQ〜dark fantasy〜番組レポート 【影の侵略者】
闇、揺らぎて影を生み、
影、形を盗みて光の世界へ
放たるべし。
コントラ・トリニタス第4章12節

坂本剛一は探していた。白昼、街の中を歩き回り、ようやく見つけたのは黒い ワンピースの美少女。

「亜乃留!」
明るい陽射しの中、うつむき佇む少女・亜乃留はゆっくりと振り向いた。
「行くな!」
坂本の声は届いていたはずだ。だが、亜乃留は背を向け階段を昇りゆく。坂本 もその後を追う。

「亜乃留!」
煌めく水面の向こうにある鏡へと、亜乃留は儚く消えていった。
 ――俺は思ってもみなかった。俺が自分の手で、亜乃留を追いつめることになるなんて……

これは 光の世界に憧れた ひとつの影の物語

二週間前のことだ。
「入れ替わり?」
坂本が訊き返す。近頃、編集部に送られてくる奇怪な内容のメールに、島田デ スクは頭を痛めていた。

「そう。自分の娘とか恋人とかが、同じ顔した人間に入れ替わってるんじゃない かってメール」
思い込みの激しい人間が大袈裟に騒ぎ立てているだけではないか、と島田は一 蹴した。だが、坂本はどこか解せない。

 ――何か確信があるわけじゃなかった。ただ、数の多さが気になった。
坂本は、それらの家族を訪ねた。家人から、別人に入れ替わったのではないか という人間の写真を拝借する。それを持って向かった先の一つに、入れ替わりで はないかという娘が所属している劇団があった。

研究生たちが稽古をしているその向こうで、独り膝を抱え、無言で床に腰を下 ろしている髪の長い娘がいる。それが亜乃留との出会いだった。

シャッターを切る坂本に気づいたのか、亜乃留は少しだけ顔を上げた。ファイ ンダー越しに見る彼女は、何を考えているのかわからない、そんな異様な雰囲気 を漂わせている。

坂本は無意識にカメラを下ろし、その様子を瞠目していた。

後日、オープンカフェにて、楠木涼に入れ替わりたちの写真を見せた。
「12件のうち、取材に応じてくれたのが4件。問題の入れ替わりは劇団の研究生 、理容師、バレエ教師、仕立て屋と、職業もみんなばらばらだ」
ところが、周囲の人間はみな同じような証言をしていた。まるで家族や恋人な ど身近な人間を模倣し、学習しているみたいで気味が悪い、と。

「人間を模倣して、学習している?」
涼は首をかしげた。入れ替わる前の写真と、現在の写真を見比べても違わない 。

 ――劇団の研究生、理容師、バレエ教師、仕立て屋……。何か共通項があるん じゃないのか。
坂本は自室に戻ってからも、写真を見比べていた。

帰宅した亜乃留がドレッサーの前に座り、鏡を見つめていると、突如鏡が光を 失い、漆黒に変化した。その中に横たわる白い影が、ぼうっと浮かび上がる。入 れ替わる前の亜乃留だ。鏡の中に仰向け下横たわる彼女は、瞬きもせずに目を開 けたまま、呼吸すらしていないかのようにピクリとも動かない。

鏡の前の亜乃留が不敵に嗤う。

坂本の部屋の電話が鳴った。子機を取る。涼からだった。
「剛ちゃん、この写真、おかしいよ。昔の写真と今の写真、左右が逆になってる 。まるで鏡に映った顔だよ」
「鏡?」
涼に指摘され、再度写真を確認する。そこではっとした。

 ――4人全員が、一日の大半を鏡の前で過ごしてたんだ。
劇団の研究生、理容師、バレエ教師、仕立て屋。そのどれもが鏡を見続ける職 業であることに、気づいた。

 ――まさか……入れ替わりは鏡の中から現れたんじゃ……

そのとき携帯が鳴り、一旦、涼の電話を切った。携帯に出ると、亜乃留の母親 からだった。

「坂本さん、亜乃留の入れ替わりが、家からいなくなったんです。荷物もなくな ってて……」
坂本は、不審な思いに絡め取られた。

翌日、坂本は街へ出た。何気なく陸橋の上で立ち止まり、人の波を見つめる。
 ――入れ替わりは皆、次々と姿を消した。学習を終え、何か恐ろしいものが街 に解き放たれた、そんな気がしてならなかった。

坂本は警察へ足を伸ばし、玉木刑事に会った。だが、玉木は取り付く島もない 。

「家出人探してる暇なんてないんだよ」
「ファイル見といてくれるだけでもいいから。頼む」
坂本は食い下がり、頭を下げた。
「知り合いかなんかか? そいつら」
「いや……」
口ごもる坂本を見て、玉木は渋々ファイルを受け取った。

街頭では若い女性が、色とりどりのキャンディーの詰まったラッピングを配っ ていた。坂本は何の気なしにそれを受け取り、無造作にポケットにしまいこんだ 。

不意に何かの視線を感じ、後ろを見上げた。低いビルの屋上から、一人の少女 が街を見下ろしている。急ぎ、その場へ駆け上がった。

「知りたいんでしょ、私たちのこと」
屋上でうろつく坂本の背後から、挑発的な女の声が聞こえた。振り返ると、亜 乃留が微笑みかけている。彼女は坂本の名刺を確認しながら言った。

「剛一の部屋へ連れてって」
「私たち、初めは鏡の奥のただの影なの」
坂本の部屋で窓の外を見つめながら、亜乃留は語り始めた。
影だった頃の彼女は常に鏡の中から、稽古に没頭する亜乃留を見つめていたの だ。

「影はいつも人間を見てる。あんなふうになりたい。あんなふうになって、光の 世界を自由に動き回りたいって」

ある日、鏡の中からの異様な視線に気づいた亜乃留は、怪訝な面持ちで鏡に近 づいた。

「だから、私たちは身体が出来上がるとすぐに……」
入れ替わりは、鏡に手を伸ばした亜乃留を鏡の中にぐいと引き込み、そしてつ いには――。

「人間を殺して入れ替わるの」
さらりと言う。坂本は眉をひそめ、訊いた。
「君たちは……その鏡の奥の影は、いったいどこから来るんだ?」
「闇の鏡よ」
「闇の鏡って?」
だが、坂本の問いには答えず、亜乃留は室内を物色し始めた。
「剛一の部屋って、大したもの置いてないのね」
無神経に言い放つ亜乃留の目に、一本の飾りナイフが留まった。
「でも、これは綺麗だからもらってくね」
何のためらいもなくナイフを手に取り、歩き出す。
「おい、どこ行くんだ?」
「街よ。あそこには面白いものがいっぱいあるもの」
どこか危機を感じ、坂本はどうにか亜乃留を引き止めようと画策する。
「なぁ、今どこにいるんだ? 泊まるとことか、金とか」
「馬鹿ね。お金でも何でも、必要なものは誰かが持ってるじゃない。欲しいとき に盗ればいいのよ」
悪びれた様子もなく再びドアに向かう亜乃留に、坂本が手を伸ばす。
「ちょっと待て」
ほぼ同時に亜乃留が振り返る。すっ……。ほんの一瞬の出来事だった。振り向 きざま、亜乃留が華麗に振り上げたナイフが、坂本の右掌を切り裂いた。滲む鮮 血に、思考が一旦停止する。

「邪魔するからよ」
構えたナイフ越しの眼が、無邪気に嗤っている。坂本はわなないた。
「じゃあね」
荷物を手に取りドアノブを回す亜乃留の前に、坂本が立ちはだかる。
「あ…街なら、明日俺も行くから一緒に行かないか?」
「私、剛一が眠っている間に殺すかもしれないよ」
亜乃留は、端整な顔立ちには似つかわしくないほどの物騒な台詞を、平然と吐 き出した。やはり、このまま一人で行かせるわけにはいかない。

「俺、意外に眠らなくても平気な体質。料理も上手。あー、そうだ。この鍵渡し とくから自由に……」
そう言うと坂本はポケットから鍵を取り出した。そのとき、街頭で配られたキ ャンディーも一緒に掴んでしまったようだ。それも亜乃留の目の前にかざされて しまった。

「これ、綺麗!」
亜乃留の瞳が一瞬にして輝く。
「ほら、すごい。いろんな色がある」
ただの飴玉が、亜乃留の瞳には宝石の如く煌々と映っている。屈託なくはしゃ ぐ亜乃留を、坂本は複雑な表情で見つめていた。

いつしか外では雨が降っていた。
ソファで眠りこける亜乃留に、やさしく毛布をかけてやる。
 ――俺は亜乃留にこれ以上、誰も傷つけさせたくなかった。自分にいったい何 ができるのか、まったくわからなかったけど……

亜乃留が微かに目を開ける。坂本の寂寞とした背中に、彼女は何を汲んだのだ ろうか。

「坂本の言う、鏡の中から現れるものに関しては、古くは中世の怪異異端集『 コントラ・トリニタス』に記されている」
渡来教授は自身の研究室で、涼に闇の鏡について説明した。
「闇の鏡に棲む彼らは、感情はあるが善悪の規範がなく、気の向くままに殺戮を 繰り返している。だが、最も恐ろしいのは、彼らが人と見分けがつかないという ことだ。昨日までの隣人が、次々と殺人者に変われば……」
「人間同士の信頼も秩序も、一挙に崩壊する!?」
涼は震撼した。渡来は続ける。
「彼らが影の侵略者と呼ばれるのはそのためだ。人間同士の社会が荒廃し、人の 心に闇が溜まるごとに闇の鏡が開き、彼らが現れるという」
「これは?」
涼が指し示した挿絵は、尖った長い角を突き立てた鉄火面の男。

「闇の鏡に棲む、鏡の番人ヴァーノだ」
涼はもうひとつ、挿絵に縁取られている不可解な模様に気づいた。
「この縁のとこの……なにかの文字ですか?」
書斎の椅子に寄りかかり、坂本はうとうとと一晩を過ごした。明るい陽射しに目 が覚める。朝だった。が、ふと気づくと亜乃留がいない。テーブルの上には、飾 りナイフが置かれたままだ。

坂本は急ぎ、亜乃留を探しに出た。と、芝生の広がる公園内で独りたたずむ亜 乃留を発見する。ほっとした。

「散歩なら付き合うけど」
努めて平静を装い、亜乃留に近づく。
「あの女の人…どうして笑ってるの?」
芝生の上にレジャーシートを広げ楽しそうに笑い合う家族連れを、亜乃留は不 思議そうに見つめていた。

「自分はちっとも食べていないのに…どうして笑ってるの?」
小さな子どもに弁当を食べさせ、うれしそうに笑う母親の心情が、亜乃留には 理解できない。

「あの子がうれしいと、あの女の人もうれしいんだよ」
「……なぜ?」
「あの子が大切だから。自分以上に」
坂本の答えに、亜乃留はまだ不可思議な表情を返す。坂本は少し困ったように 、しかし彼女のため、必死で言葉を探した。

「うーん、なんていうのかな……。人間は、自分のほかにも大切な人を持ってる んだよ。で、その人がうれしいと自分もうれしい」
「人間はみんなそうなの? みんな、大切な人を持ってるの?」
無垢な疑問に、坂本は少々戸惑い気味だ。
「ん…まぁ、大抵ね」
公園では多くの家族連れが、楽しそうに笑い合っている。亜乃留は不意にうつ むいた。

「どうした?」
坂本がのぞきこむ。
「剛一は…私がうれしいとうれしい?」
「え?」
「私がうれしいと、剛一、うれしい?」
亜乃留がためらいがちに、長身の坂本をそっと見上げる。一瞬驚いたふうでも あったが、坂本は身体ごと亜乃留と向き合い、誠実に微笑んだ。

「ああ、うれしいよ」
亜乃留もうれしそうに微笑んだ。

帰り道、路上のアクセサリー屋の前で立ち止まり、チョーカーを一本買った。 坂本はそれを、亜乃留の細い首に結んでやった。

 ――あんなふうにうれしそうに笑う亜乃留を見たのは、あれが最初で最後だっ た。

その日、亜乃留はちょっとはにかんだように、いつまでも笑っていた。
 ――その夜を境に、事態は一気に動き出した。

翌朝、坂本の元に玉木刑事から連絡が入った。
「あいつら、いったい何者なんだ? おまえが探してたのは、いったいどういう 連中なんだよ」
慌てたようにまくし立てる玉木に訊き返す。
「なにかあったのか?」
「これから捜査会議だ。おまえ、事件のこと知らないのか?」
玉木の言葉に胸騒ぎを感じた。急いで朝刊を広げる。社会面の「戦慄の殺人者 たち!」という大見出しに凍りついた。容疑者の写真は、みな入れ替わりだった 。

渡来教授の言葉を思い出す。
 ――闇の鏡から生まれた彼らは善悪の規範がなく、気の向くままに殺戮を繰り 返すという。

新聞の向こうでは、何も知らずに亜乃留がソファでコーヒーを飲んでいた。彼 女もいつかは……。

亜乃留を連れ、勤務先の出版社に向かった坂本は彼女に告げた。
「ここで待ってるんだ。すぐ戻るから」
ロビーで亜乃留を待たせると、編集部の島田デスクの元に顔を出した。
「おまえは永久に無断欠勤だと思ってたよ。…ったく、一人で入れ替わりでも何 でも追っかけてろ」
島田は不機嫌に吐き捨てると、パソコンのディスプレィを坂本に押し向けた。 見ると、事件に連なるメールがひっきりなしに入ってきていた。

ロビーのテレビでは、事件現場となったレストランの映像が流れていた。犯人 が凶行に及んだ瞬間が映し出されている。偶然その場に居合わせた一般人によっ て撮影されたのだと、レポーターが言う。

何の前触れもなく、ただ無感情に、いや、気の向くままに無関係の人間を切り つける殺人者。振り向いたその顔は、入れ替わりの一人、理容師だった。

タイミング悪く、亜乃留はその映像を目にしてしまった。さらに、背後の通行 人の声も耳に入る。

「即死だってさ。あれが身内だと思ったらぞっとするよな」
あれが身内――例えば大切な人――だとしたら……。亜乃留は無意識に想像を 働かせ、被害者と坂本を重ね合わせていた。そして、坂本にナイフを切りつけた ときの自分の姿も。はっと気づく。

編集部から出てきた坂本に、亜乃留は血相を変えて駆け寄った。
「剛一! 剛一は死なないよね。死んだりしないよね!」
興奮気味にすがりつこうする亜乃留を制し、坂本は問いかけた。
「亜乃留。亜乃留、闇の鏡はどこにあるんだ? 入れ替わりが生まれてくる闇の 鏡はどこにあるんだ?」

だが、亜乃留は坂本の問いなどまったく耳に入っていない様子だ。
「剛一は死んだりしないよね?」
坂本は亜乃留の両腕をしっかりと押さえ、言い聞かせるように語りかけた。
「俺は…俺だって死んでしまうかもしれない。このまま入れ替わりが増え続けた ら、いきなり殺られて死んでしまうかもしれない。あのレストランの男(被害者 )みたいに」

蒼褪める亜乃留に、さらに問う。
「教えてくれ、亜乃留。闇の鏡、どこなんだ」
「亜乃留は先に家に帰って待ってるんだ。いいな」
坂本は街路で亜乃留と別れようとした。ここから先、彼女を危険な場所へは連 れて行きたくない。

「剛一は?」
「心配すんな。すぐ戻るから」
気休めであることは、亜乃留にもすぐにわかった。
「闇の鏡のところへ行くのね。剛一、死んじゃうよ」
「亜乃留……」
「どうして剛一が行かなきゃならないの?」
亜乃留にとっては当たり前の疑問だった。坂本は、自分にも言い聞かせるよう に説いた。

「亜乃留、誰かが止めなきゃいけないんだ」
そのとき携帯が鳴った。渡来からだ。
「いいか、闇の鏡には近づくな」
「どういうことです?」
「闇の鏡を封じることができるのは、同じ闇から生まれた者、入れ替わりだけな んだ」
携帯を握り締めたまま、坂本は茫然と立ちすくむ。渡来は続けた。
「ひとたび光の世界に出た入れ替わりは、我が身を影と光に分かつことで、闇の 番人ヴァーノを倒して鏡を封じると言われている」
「じゃあ、闇の鏡を封じる入れ替わりは?」
坂本の問いに、彼が最も恐れている答えを渡来は突きつけた。
「消滅する」

絶望に打ちのめされ、振り返る。そこに亜乃留の姿はなかった。彼女はある一 つの決意を胸に、闇の鏡と対峙していたのだ。

坂本は亜乃留を追い、彼女と初めて言葉を交わしたビルの屋上へ向かった。重 い扉を開け、内部に足を踏み入れる。

「亜乃留……」
迷路のような薄暗い通路を当て所なく辿り、ようやく亜乃留を見つける。坂本 は、彼女の前に浮かぶ巨大な水晶に気づき、驚愕した。

「これが闇の鏡……」
突如、水晶が眩しい光を放った。
「逃げて。ヴァーノが来る」
放電とともに黒い影が、水晶内部から不気味に出現した。咄嗟に坂本は亜乃留 の手を引き、走り出していた。

元来た道がわからない。行けども行けども行き止まりにぶち当たる。その間に も、ヴァーノは刻々と近づいてくる。のし…のし…のし……。彼の持つ剣が鈍く 光る。

坂本は壁際に腰を下ろし、忍び寄る恐怖の足音に怯える亜乃留を抱きしめた。
「いくときは一緒だ」
震える肩を抱きしめた右手に力を込める。亜乃留はそっと坂本を見上げた。彼 もまた、忍び寄る恐怖と必死で戦っていた。自分を守るために。彼のくれたチョ ーカーをぎゅっと握り締める。

「剛一……。人間って、不思議な生き物だね。人間の命はあんなに壊れやすいの に、なのに人間は、自分自身よりも大切なものを持つなんて」
坂本の胸に頬をすり寄せる。生身の人間の温もりが、生きている証しが、互い に溶け合うほどに流れ込んでくる。坂本は、無言で亜乃留の髪に顔を押し付けた 。

「でも、だからこそ私たちは鏡の奥の闇の中から、こんなにも人間に憧れるのか もしれない」
闇の鏡から生まれた入れ替わりたちは、赤ん坊と同じように人を模倣し、学習 することで精神の成長を遂げ、そして街へと飛び出していった。だが果たして彼 らは、人間の情愛まで真似ることができたのだろうか。

「私……人間の気持ち、よくわかる」
そう言うと突然、亜乃留は坂本の腕からするりと抜け出した。
「ちょっと、待……!」
亜乃留を追うべく足を出した坂本は、だが、がくん…と何かに動きを封じられ た。いつの間にか、足がチョーカーの紐で縛り付けられていたのだ。
「亜乃留――――!」
手を伸ばし、坂本が叫んだ。亜乃留はふと立ち止まり、振り返った。
「ありがとう」
震える声で告げる。その微笑みは儚げで、切なげで、どこか悲しくもあり、そ れでいて、なぜか満たされているようにも見えたのだが……。

彼女は行ってしまった。
チョーカーの紐が解け、坂本は急ぎ追いかけた。が、扉の向こうから目もつぶ れそうなほどの閃光が襲いかかり、近づこうにも近づけない。

ようやく閃光がおさまり、瞼が開けられたときにはすでに、水晶は消滅しよう としていた。

ゆっくりと歩みを進める。亜乃留の姿はどこにもなかった。
闇に生まれ 光に憧れ 人を愛した者
それは 美しく 心優しい影
坂本は包帯の巻かれた右手でチョーカーを強く、強く握り締めた。

<ウルトラQ〜dark fantasy〜【影の侵略者】終>


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